高慢か偏見かもしくはその辺り#3

 幸樹の中に興奮が戻ってきた。

「落ち着け。推定される排除方法は?」裕征は幸樹を宥める。

「通報した運転手曰く、トラックは定められた配送ルートを通り、ローソンに品出しする惣菜類を運搬している最中だった」


「事故現場の信号を通過する時刻は、概ね決まっていたのだな」

「信号機の変化タイミングもだ。取材を拒んだ千夏は時間を調整し、事故現場の信号まで駆け――トラック通過直前に点滅した青信号を渡り切り、赤信号で彰吾との間に素早く距離を作った。裕征さんの言う通り、彰吾は咄嗟に思っただろう」

「取材相手を見失うと」


「これこそが千夏の狙いだったッ。『見失う』と焦りに駆られるよう追手を誘導し、定刻通過のトラックで不幸な事故を演出したのだッ!」


「恐ろしく手の込んだやり方だが」

「そうとも、非現実的か。好きなように言ってくれ」

「実用的だ」

「なんだと?」幸樹は逆に驚いた。


「時間帯に応じた『追手を撒ける信号』を複数箇所に設け、いざという時には運送トラックの通過スケジュールと重ねられるように外出する。もし彼女が常日頃から敵対派閥に狙われる身なら、そのくらいの知識は身に付けるだろう」

「やはり彰吾は殺されたのだな。あのテロリストの娘に!」


 裕征は携帯端末を取り、警視庁サイトの交通事故発生マップに接続する。最上段の『住所・目標物から地図を表示』タブをタップすると、利用規約を読み飛ばして同意ボタンを押した。選択肢に従い千夏宅近辺の住所を入力し、表示させた地図を幸樹に見せる。

「御堂家近辺の死亡交通事故発生情報だ」


「驚いた」

 千夏宅から見て北四キロ/西北西二キロ/西南西三キロ/南西三キロ/南七キロ/南南東六キロ/東北東四キロ/北北東五キロの地点に、死亡事故発生現場を表したバツ入り丸マークが付けられていた。

「八件も発生している」幸樹が呟く。


「北四キロ/西南西三キロ/南西三キロ/南七キロ/東北東四キロ/北北東五キロの座標はバツで四等分された丸の中を赤色で塗り潰した今年中の事故で、青色で塗り潰された西北西二キロ/南南東六キロの座標は昨年の事故だ」


 裕征は赤の死亡事故発生現場印から、事故の詳細を呼び出す。


 北四キロ地点――――十字路横断歩道で貨物車に撥ねられ、二十歳代男性死亡。

 西南西三キロ地点――丁字路横断歩道で貨物車に撥ねられ、四十歳代男性死亡。

 南西三キロ地点――直線道路横断歩道で貨物車に撥ねられ、三十歳代女性死亡。

 南七キロ地点――――直線道路途中の踏切で列車に砕かれ、三十歳代女性死亡。

 東北東四キロ地点――Y字路横断歩道で貨物車に撥ねられ、六十歳代男性死亡。

 北北東五キロ地点――カーブ横断歩道で貨物車に撥ねられ、二十歳代男性死亡。


「差し引いても年内六件」幸樹は唖然とした。

「未反映分を合わせれば七件」

「連続殺人鬼め」幸樹は吐き捨て、出ていこうとする。

「待て」裕征が背中を呼び止める。「殺すつもりか?」

「物騒な」幸樹は裕征に振り返る。「証拠を提示し、警察に突き出す」

「殺人の決め手となる証拠はない。偶然、彼女周辺で多発した事故でしかない」


「搔き集めるさ、なんとしてでも。罪は償わせる」

「元チャイニーズ・マフィアの北朝鮮支配政党暗殺者が、日本国法律に準じた報復で満足できると?」

 裕征は三枚の資料を幸樹の前に投げる。

 資料には幸樹の経歴が、推理込みで事細かに記されていた。


「飢餓の流れ弾こと、イ・クムチョルよ」

「どういうつもりだ」


「北朝鮮支配政党の専属暗殺者ながら、セクシュアリティの社会的抑圧を苦に、韓国経由で中国へ逃亡。密入国に成功した上海の船着場で、現地マフィアの抗争に巻き込まれ両派閥を殲滅。偵察に訪れた第三派閥に殺戮の腕前を買われ、生活の保証と引き換えに尋問や暴力沙汰の仕事を任される」


 幸樹は黙って、床に落ちた資料に目をやった。


「数年間の活動後、LGBT団体リーダーの抹殺任務を請け負い、その際に国際交流で訪れていた東響にじいろプライドと邂逅。熱心に教えを説く守竹彰吾に人生観を変えられ、東響にじいろプライドへの所属を決意。マフィアを抜けて日本へ密入国、偽装国籍を獲得し現在に至る――」


「もういい、止めてくれるな」

「驚かないのだな」

「どうせ彰吾がいなければ、とっくの昔に使い捨てていた命だ」

「なら、手を貸せる」

「なんだと」


「手を貸すと言ってるんだ、色々と入用だろう」

「道具なら自前で調達できる」

「孤立無援で。暗殺失敗時のカバーはどうする」

「失敗はしない」

「あれだけ人を殺してるんだぞ。同じ情報に辿り着いて、復讐機会を伺う別の派閥に遭遇するかもしれん」


「好都合だな、心強い味方ができた」

「違うだろう、お前は御堂千夏を自分で殺したいと思っている」

「当然だ」

「ならお前以外にも、同じように自分の手で殺したい輩がいるはずさ」

「得物の、取り合いか」


「無ければ無いに越したことはないが、容易に予想される。お前自身は逮捕されようが懲役を喰らおうが死刑に処されようが構わんだろう、だが他の輩とごたついて殺害に失敗し、通報されて牢屋にぶち込まれ、その間に漁夫の利を取られて未来永劫に復讐機会を失うのは避けたいよな」


「――ああ」幸樹は軽く動揺して、考える素振りを見せた。


「安保険くらいは付けておけ」

「なぜそこまでする」

「取引さ」

「要求は」


「わたしも彰吾の名誉を守りたい、君とは違う形でね」裕征の目が光る。「それに協力して貰いたいのだ」

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