罰当たりホモビ人形遊戯#2
書斎を背景に、横向きの裸体を晒した野獣が現れる。
野獣は腰を曲げて体勢を低くし、左手で紐で結ばれた本に触れた。
本を紐で結んでいるように見せたいのだろう、と推測できる。
BGMには『ピタゴラスイッチ』の『フレーミーのうた』が流れ出した。が、別曲と合わさった強めのアレンジが施されており、違和感が拭えない。
廊下を背景に、横向きの上半身裸体を晒したMURが現れる。
MURが肘を曲げて右手を前後に動かすと、手元にあった壺が消失した。
フロート移動で次の壺に向かい、同様の動作で壺を消失させる。
和室を背景に、上半身裸のKMRが黒いズボンのファスナーを上げ下げする。
KMRの背後には刀剣が立てかけられていた。
縁側を背景に、パンツ一丁の野獣が喘ぎながら走ってくる。
走行時の息の切れ方ではなく、性交時の発情した喘ぎ声だ。
切り取った映像とは別場面の音声を用いているのか。
冷静に見ると、殆ど全場面でそうなのかもしれない。
今暫く、片付けの大混沌曼荼羅が描かれる間に考えよう。
この動画は『真冬の昼の淫夢』の映像と音声を切り貼りして造られた、大胆なホモビデオ・リミックスなのではないか。根幹の疑問――成人男性向けアダルトビデオの映像が、なぜこのような用途で用いられているのか――はさておき、そのように考えれば野獣先輩がいる事実や、卑猥な裸体が頻出する理由に納得がいくか。
動画では黄衣の野獣が、全身で座敷を踊り回って片づけをしていた。
けたたましくも『フレーミーのうた』らしきBGMの上に『NONA REEVES』の『LOVE TOGETHER』サビ部分が重なって流れ、野獣は壁にぶつかってパンツ一丁になり股を開いて座り込む。
『ウーン……』野獣がフルボイスで呻る。
神棚から布切れの衣を着た二本の棒が落ちてきて、頭に当たる。
上体だけになった野獣が、苦悶の表情を浮かべた。
曲が止まり、手のアップが床に落ちた棒を持ち上げる。
『なんだこれ』
布切れを着せられた棒は片方が乙女の顔を、もう片方が馬の顔をしていた。
ああ、日本民族史の授業で習ったオシラサマだ。
『……不用品だな』その手は棒をゴミ袋に入れた。
オシラサマは東北地方の伝統にある養蚕を司る家神で、目の神、女の病の平癒を祈る神、子供の神、狩りの神として信仰されている。正月一六日のオシラ遊びの日には、吉兆占いにも用いられる。概ね御利益を呼ぶ良き神とされているが、禁則事項を破った者には容赦ない障りが生じる。捨てるなどもってのほか……大体はなぜか捨てられなかったり、勝手に主の元へ帰ってきたりするけれど。
伝説に漏れず、動画のオシラサマもひとりでに帰ってきた。
三人が囲炉裏を囲んで団欒していると、爆音と共に屋内が振動。
外に出ると、家の壁にオシラサマが突き刺さっているではないか。
大層馬鹿馬鹿しい光景を、恐ろしげなBGMが煽り立てる。
『あ、あれは!』野獣が驚愕する。『捨てたはずなのに!』
『一体何なんですか!』KMRがオシラサマを見上げる。
『オシラサマ、ゾ』MURの口元が画面いっぱいに映る。『オシラサマとは――』
MURはオシラサマの民間伝承について、事細かに語り出す。
「おいおい……」
作品のキャラクターに喋らせる言葉は、作者の知識量を超えることはない。登場人物をIQ五億の天才に設定しようとも、所詮紡がれる台詞は著者の思考回路に基づくものでしかないからだ。知識あるキャラクターを描写するには、何より作者自身が事項への理解を持たなくてはならない。もし付け焼刃の知識であっても、信頼できる情報源にあたり、獲得した情報を的確に整理する技量は欠かせない。
付け焼刃の知識には、最低でも正体をバレず使いこなす力が必要だ。
かくもふざけた動画の製作者は、民族伝承の深い造詣、或いは専門家級の情報で即席に理論武装できる技量を有し、己が作家の専門性を惜しみなくホモビデオ・リミックスにぶちまけている。裸体飛び交う品性下劣にして低俗な映像面からは、到底想像もつかない知性のギャップ。作品本体と作品外部を漂うメタ情報の洪水が、わたしの処理限界を突破して混乱を招く。
「なんだよ、これ……」
動画のタグには『例のアレ』『BB先輩劇場』『ホラー淫夢』『真冬の昼の淫夢』『野獣先輩』『ほのぼの淫夢』『KMR』『MUR』『バトル淫夢』とあった。
何も分からない。バトルなのか、ホラーなのか、ほのぼのなのか、やっぱり淫夢なのかさえはっきりしない。
詳細情報を求め投稿者のアカウント名をクリック、別タブで投稿動画一覧を確認する。タイトルからすると、日本各所の古来から伝わる怪現象伝聞を取り扱った作品ばかりだ。余程強い拘りがあるのか、単に便利な創作ネタだから多用しているだけかは分からない。推測だが、この動画の投稿者は相当に賢く、高い技術力も有している。それなのに、なぜ己が才覚をホモビデオ・コーティングする必要があったのか。
「知識と才能の無駄遣いだ」眩暈がする。
賢明とは言えない、違法アップロードのリスクまで犯して。
ついこの間だって、ファスト映画の投稿者が逮捕され、配信規約無視のファストゲームで裁判まで持ち込まれた人がいるというのに。
淫夢カルチャーの何が、あなたをそこまで駆り立てたんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます