罰当たりホモビ人形遊戯#1

 真夏の田舎の町並みを背景に、下手から三人の男性が走ってきた。

 著作権を無視して採用したであろう『ポケットモンスター エメラルド』最初の町のBGMが、緩やかな雰囲気を醸し出している。


 一人目は全裸で、下半身に不自然な暗がりがあった。

 二人目は上半身に白いインナーシャツを着ているが、下半身の不自然な暗がりと生足のシルエットは、全裸の事実を何より雄弁に語っていた。

 三人目は白いインナーシャツに、ジャージのズボンを着ている。


 彼らの走り方はさながらパターン化された糸繰人形の動きで、自然な人間の動きとしては何かが不自然だった。原因はすぐに分かった、動作がアニメーション式のループ再生で構築されているせいだ。


「ん……?」


 通常、手書きアニメーションに関しては同一カット内の歩行や口の動きなどの細部を、映像の反復で描写することが珍しくない。納期や予算に演出意図の兼ね合いではあるが、最大の理由は違和感なく成立するからだ。実写は実在する役者の動きの撮影なので、歩行の一歩に口元の動き、果ては瞬きでさえ微細な振れ幅が生じる。生の人間は心臓脈打つ生物であるが故に、寸分違わぬ動作を再演する完璧な反復行動は不可能だ。


 実写における完全な反復は、違和感の原因となる。

 実写映像の人物部分だけを切り抜いて加工し、強引に造られた動き。

 何故、と疑問が沸いた。


 一人目が画面右に、二人目が画面中央に、三人目が画面左に到着する。

 背景に変化はなく、三人だけがウェストショット映像に切り替わった。

 三人の映像だけが、接近したものに切り替わったんだ。

 応じて、一人目は半袖の英字プリントTシャツに黒いズボン、三人目は赤ネクタイを結んだ白い半袖のワイシャツ姿になっている。


 中央の二人目は相変わらず全裸だった。


 一人目の男は『FOO!』と掛け声を上げ、二人目と三人目を交互に見ながら左腕を指し示すように上下させる。画面下のテキストボックスに『到着しましたよ』と彼の台詞が表示された。発言者欄には『野獣』の文字、いや名前が表記されている。


 その顔には微かに見覚えがあった。えっと――そうだ、思い出したぞ。

 これは野獣先輩の顔だ、なぜ野獣先輩がここにいる?


 疑問を考えるよりも先に動画は進行した。


 二人目の男が上半身だけの間抜け面でこちらを向いて『すっげーっ』と声を上げた。合わせてボックス内のテキストが自動で送られ、どうやら作中では『めちゃくちゃ大きいぞ』と発声したことになっているらしい。名前はMURと表記されている。

 台詞の雰囲気を要約した掛け声は話者分別の役目も担うのか。

 っていうか、こういう掛け声はパートボイスと呼ぶんだっけ。


 三人目の男――KMRは礼儀正しく手を前に組んで『ナホキです』とパートボイスを上げ、『先輩、こんな立派な家に住んでたんですか』と説明する。

 カットが素朴だが大きな民家の写真に切り替わる。

 フリー画像素材サイト『pixabay』で見覚えのある写真だ。


『はえー』野獣が感想を述べる。『久しぶりに帰ると、すっごい大きく見えますよ』

『いいぞー』MURが奇妙な感嘆をする。『生家の安心感と心強さは格別ゾ』

『いいですか』KMRのパートボイスは、先刻の声と別人だ。『MUR先輩、くれぐれも粗相のないように』

『分かってるゾ。礼節を欠かしてはいけない(戒め)』MURは柔道着姿の精悍な顔で言う。


 裸になった三人は生尻を向け、腰を振って民家の入口へ縮小していく。

 歩行動作のつもりか。

 BGMが消え、野獣が鍵を開けて玄関口に入る。

『ただいまー。うわっ、すっげー埃溜まってる』

 野獣がパンツ一丁で仏間の仏壇前に立ち、頭を垂れる。


『父ちゃん、母ちゃん、今帰ったよ』

 MURとKMRも裸体を晒した上半身を曲げて挨拶した。

『お邪魔させていただきます』KMRが言う。

『厄介になりますゾ』MURが言う。

 三人の視線の注がれる仏壇には、遺影が二枚並んでいた。


 右の遺影は目元をモザイク加工された後姿の男性。

 左の遺影はエプロンを着た女性の正面姿。

『その……迫真空手の全国大会で怪我しちゃってさ』野獣が仏壇前にトロフィーを供える。『来るの遅くなったけど、優勝はしたし許してくれよな』


 場面が居間に移り変わり、肩から上だけになった三人が会話を始める。

『父ちゃんと母ちゃんの遺品整理に付き合わせちゃって、悪いっすね』野獣が言う。

『気にすることありませんよ』黒服サングラス姿のKMRが、雑誌を読みながら咥えた煙草に火をつけた。

『困ったときはお互いさまだ』白シャツを着たMURが便乗する。『病み上がりの無茶は禁物ゾ』


『父ちゃんと母ちゃんが交通事故で死んではや八か月……そろそろ向き合わないといけない気がして』野獣はアンニュイな顔で続ける。『気が進まずに遅くなった』

『でも、手伝って欲しいと声を掛けたのは先輩です』白いシャツを着た上半身だけのKMRが、前後に揺れながら笑顔で励ます。『きちんと踏みだせてますよ』

『そうだよ』MURが横顔を見せて便乗する。


『葬送は勢いで終わったけど、遺品整理ばっかりはそうもいかないんすよ』野獣は物憂げだ。『本当の本当に死んだのを認めるみたいで。ま、ずっと言い訳してもいられないすね』

『それで、何から片づけますか?』KMRが嬉しそうな顔で言う。

『えっとなぁ……』野獣が言って、映像が切り替わる。

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