ブランド・コーティング#1
翌日の昼下がり、わたしと千夏はドーナツショップでアイスコーヒーを飲みながら、近況について語り合っていた。
「ニコニコ動画」千夏は視線を左上に上げた。「ニコニコ動画って、コメントが動画の上を流れるやつ」
「そう」わたしは肯首する。「そこの駆け出し投稿者になれたの。ボイスロイド劇場タグで毎時ランキング五八位」
「おお、凄い」
「ニコニコ動画は、タグ検索機能でYouTubeより新人の動画が発掘されやすいんだ。無名投稿者の発掘を趣味にしてる人もいるから、界隈を絞ってクオリティを高めれば数百再生は確約される」
「YouTubeなら世界中の人が見てくれるんじゃあ」
「見てくれるならね……。あそこは誰かが見てくれないと、本ッ当に誰も見てくれない。千夏も投稿者になれば分かる」
「あはは。わたしは間に合ってるかな」
「だと思ったよ」
「で、そのボイスロイド劇場って? 小説とは違うの?」
「動画によって違いはあるけど、わたしが投稿してるのは小説の文章をボイスロイドに喋らせて、簡易的なキャラクター映像を付けただけの動画」
「漫画みたいに、読むの楽そうだね。そっか、小説ほど読む前に身構えなくていいから、人気なんだ」
「身構えるどころか、警戒を解かせる効果もあるみたいだよ」
「キャラクター集客能力……ライトノベル挿絵効果?」千夏は呟く。
「映画的な情景を想像できるように書いたから、背景と動きが素材に縛られるのは身を切る思いがしたけど」
携帯端末からニコニコ動画のアプリを起動し、一番最初に投稿した動画を消音再生して千夏に見せる。
「わー、これ懐かしい。初めて読み合いした時のやつ」
「ボイスロイド動画の処女作にもなった」
「コメント付いてるね」千夏は四分間、動画の進行を見守った。「あれ、キャラクターの名前が違う」
「主要なキャラクターだけは合成音声ソフトの名前に合わせた。元のキャラクターの絵を作る技量はないし、それならフリー素材が豊富なボイスロイドとボイスボックスのキャラクターイラストを、名前ごと使わせてもらった方がいいから」
「違うのは名前だけ? キャラクターの設定とか、元の小説から変わってる様子はないけど」
「うん、名前だけ。だけど、動画視聴者にはあの子が結月ゆかりにしか見えてない」
「本当だ」千夏はコメントを読んで同意する。「わたしには元の姿が透けて見えるけど」
「元の姿を知ってるから」
「そんなに結月ゆかりのキャラクターと合致してたんだ」
「違うよ。ボイスロイドの本質は大まかなビジュアル設定付きの声。極論、ビジュアルと声が『結月ゆかり』の概念で認識できる範囲内でなら、作り手側がどれだけ自由に改変しても『結月ゆかり』のブランド性で集客力は保たれる。他のキャラクターも同じ」
「個性の振れ幅が許されてるのかぁ」
千夏は劇場を画面右下で再生し、『結月ゆかり』タグで動画を検索する。
スクロールごとに多様性溢れる彼女の姿が、動画サムネイルに映った。
「作者の都合で中身に別のキャラクターが憑依していても、それは『〇〇さんちのゆかりさんだから』で不和なく解釈される」
サムネイル横の動画タイトルも『雨宿り探偵【VOICEROID劇場】』『【雑学研究クラブ】学校給食あれこれ』『【RimWorld】脳筋ゆかりさん辺境惑星に立つ -その14-【VOICEROID実況】』『よいこの琴葉クトゥルフ 【オワタ式CoC(その2)】』『愛にできることはまだまだまだまだまだあるゆかり【YandereSimulator】』『突然ですけど私、結月ゆかりさんになってホラー実況しました!【Wick】』『誰も走り方がわからないボイロ娘プリティーダービー【第七回ひじき祭】【21夏MMDふぇすと本祭】』と個性豊かだ。
その豊かさだけ、異なる性質の結月ゆかりが並列化している。
「つまり、ユーザーの間には『うちのゆかりさん』『よそのゆかりさん』『公式のゆかりさん』『○○さんちのゆかりさん』みたいな共有認識ができているの。メタレベルでは複数の『結月ゆかり』が存在することと、彼女が無限に増殖する事実を誰もが把握していながら、それさえもボイスロイドの個性だと好んで飛びついてくれる」
「作り手の事情もキャラクターブランドに変換される環境」
「強いでしょ」
「強すぎ」
動画再生の終了と同時に、他の結月ゆかりが出演する動画の広告が流れる。
ジングル一秒+本編クリップ一四秒で構成された、誰かの推し場面だ。
「そういや、さっきの作品のテーマは……」千夏が思い出しながら言う。「理想の実現過程に生じる犠牲は、どこまで許されるのか、だっけ?」
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