小説家を売ろう#4
マザー・テレサの名言は、ネット社会を預言した言葉だったのかなぁ。
「愛の反対は、憎しみではなく無関心だ」
愛でも憎しみでもいいから、無関心だけは欲しくないのに。
散々暴れまわってご覧のありさまか、時間を無駄にしたよ。
『――なんでやねんっ!』
音声が流れて画面を見上げると、キーボードにぶつかった拍子で『おすすめ動画』が再生されていた。
参考に閲覧した『文字だけ動画』から呼び起こされた同類かな。
そう思ったのだか――なにかと様子が違う。
画面中央に映し出されているのは、美少女キャラクターの立ち絵イラスト。本文は一~二行に小分けして画面下の字幕に表示され、アニメキャラクターのような合成音声によって感情豊かに読み上げられている。
立ち絵が画面右に移動し、画面左に新しいキャラクターが出現した。
新しいキャラクターの台詞を読み上げる声は、別の合成音声が担う。
動画は西洋文学の『赤ずきん』を取り上げながら、関西訛りで食人文化〈カニバリズム〉の価値観・倫理性について議論していた。
立ち絵は文章に応じてころころと表情を変え、ハイテンポで理にかなった論理の構造を容赦なく突きつけていく。この手の美少女系キャラクターものにありがちな、弛緩した空気の雑談は皆無だ。簡素だが、痛烈な魅力に満ちた動画。
衝撃を受けた。気が付けば動画は終わっていた。
じれったい気持ちで広告をスキップして、再び動画を再生する。
動画の総再生回数は六十万に達しようとしていた。
一本の物語で六十万、小説投稿サイトなら書籍化検討待ったなし。
一見煩雑ながら本質に文学性を兼ね備えたテキストは、キャラクターの口から無理のない台詞となって飛び出し、自然なやり取りで頭に入ってくる。
動画説明文曰く、音声読み上げは『VOICEROID』の『琴葉 茜・葵』を起用。
あれ、動画に登場したキャラクターと同じ名前だ?
試しに『琴葉茜』『琴葉葵』のワードで検索をかけてみると、大量の動画がヒット。
立ち絵イラストの絵柄こそ違うが、ある程度共通するキャラクターと声でブランディングされた姉妹二人は、『月読アイ』『弦巻マキ』『結月ゆかり』『東北ずん子』『東北きりたん』『東北イタコ』『音街ウナ』『水奈瀬コウ』『京町セイカ』『紲星あかり』『桜乃そら』『ついなちゃん』『伊織弓鶴』『さとうささら』『すずきつづみ』『タカハシ』『イア』『オネ』『小春六花』『ずんだもん』『四国めたん』『春日部つむぎ』といった仲間たちと幾つもの動画に『出演』していた。
正しく、ソフトウェアの使用ではなく役者の起用だ。
動画の内容は投稿者の活動範囲に依存して『劇場動画』『ゲーム実況』『歌唱』『料理』『車載』など振れ幅があるものの、単なる小説の文字動画よりは明らかに再生回数が高い傾向にある。枠組みはキャラクターの設定を活かした物語で構成されており……いや、違う。活かされてしまうんだ、ブランドを擁する声と絵を併用した時点で。
エウレカ、ここに売名の閃きあり。
わたしはキャラクターの知名度が高い『結月ゆかり』の最新版をアマゾンで購入した。体験版をインストールしてユーザーインターフェースに肩慣らししつつ、物理パッケージの到着を待ちわびる。
数日後、届いたパッケージを開封して体験版をアンインストール。
代わりに正式なライセンスを取得した製品版をインストールする。
地の文と主人公の台詞を『結月ゆかり』の声で出力し、それ以外の登場人物には無料で使用可能な『VOICEBOX』の『ずんだもん』『四国めたん』『雨晴はう』『春日部つむぎ』『波音リツ』の声を起用した。
有志作成の立ち絵を『ニコニコ静画』で調達し、演者の容姿を統一する。
作中のキャラクター名も彼女たちへ書き直した。
劇場動画の作成に移り、物語の体皮を『結月ゆかり』『ずんだもん』『四国めたん』『雨晴はう』『春日部つむぎ』『波音リツ』のブランドでコーティング加工していく。変化したのは表面だけで、主演を務める『結月ゆかり』はなんら『結月ゆかり』らしい内面を有してはいない。
小説の主人公が自身を『結月ゆかり』と勝手に称し、その姿と声で動くだけだ。
多分、わたしのと似た経緯の動画は山ほどあるんだろう。
途中まで完成した動画をお試しに再生して、我ながら出来栄えに驚く。彼女たちは随分と彼女たちらしくあったのだ。画面には紛れもない『結月ゆかり』が生きていた。
「視覚、聴覚に干渉しただけで――こんなにも」
勢いづいたわたしは、夜通しで動画制作を続行する。
背景と立ち絵を表示して、画面下のテキストボックスに本文を表示するだけの簡素な動画は、非常に単純な見た目に反し作成に時間を要した。文章を動かすばかりの単純作業。合致した表情の変更差分。何気ない一行の演出に数時間は悩み抜いた末、朝日が昇る頃に這う這うの体で一作目の第一話を完成させる。
全体からすると、テキストストックは全く消費されていない。
わたしは『VOICEROID』を知るきっかけとなった件の動画に習い、『YouTube』と新たに開設した『ニコニコ動画』のアカウントで動画を投稿した。
同時に、張り詰めた過度の緊張が切れて気絶した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます