小説家を売ろう#3

 わたしはパソコンを開いて、文章のレイアウト編集に着手した。

 千夏の助言に従い、十行十五行と固まった文塊を分割する。

 空白行なしに連続する行は、一~五行程度の長さに崩した。

 強調箇所にも空白行を挟み、印象に残るよう演出する。


 推敲で文章のリズムを確かめる。編集前の圧力は平たく霧散したが、本質部分はなんら改変を必要としていない。


 エピソードあたりの文字数は二〇〇〇字前後で区切る。

 たちまち三桁単位に膨張した話数へ、語感からインパクト溢れる名前を付与。タイトルは本文レイアウトとは正反対に、異様な圧力を放つくらいが丁度いいらしい。

 二人がかりでも数時間を要する作業だった。

 そんな一連の流れを、過去執筆した三六作品で繰り返す。


 レイアウト編集の次は、いよいよアップロードだ。『カクヨム』のアカウントを作成し、切り刻んだ小説を小分けにして公開しようとした時――。

「待って、全部一気に公開しないで。全三六作品を平行して日刊連載しよう」千冬がわたしの操作を止めた。

「めんどくさそう。一括更新して新作執筆に専念したい」


「小説投稿サイトの検索結果は、まず更新順で表示される。高頻度に更新されるタイトルは検索結果上位に残りやすい仕組みなんだ」

「そりゃあね」

「全三六タイトルを同時並行連載して、小説投稿サイト群の上位検索結果を全てジャックできたら、確実に著者の名前を作品ごと目立たせられる」


「垢バンされない?」

「目立たないよりマシ。文豪はやらかしてナンボ」

「人生ごと垢バンされかねない」


 けど、有無を言わさぬ説得力はあった。わたしは『小説家になろう』『ハーメルン』『エブリスタ』『pixiv』『ノベルアップ+』『魔法のiらんど』『Novelism』『占いツクール』『MAGNET MACROLINK』『ステキブンゲイ』『ノベマ!』と立て続けに小説投稿用アカウントを新規開設し、着々と爆撃準備を進めていく。


 帰り際、門前の千夏はテロリスト首謀者面で見送ってくれた。

「勝負は百日間。成果を楽しみにしてるよ」 


 装填完了、作戦初日。

 意気揚々とアパートのリビングでノートパソコンを開いた。

 三六作の初弾をネット中の大手小説投稿サイトにコピー&ペーストでバラ撒く。たちまち現代ドラマに類するジャンルの更新順トップは、わたしの作品でジャックされた。


 各サイトトップの新着小説一覧にも、わたしの名前と作品ばかりが載っている。

 しかし、五分すればじきに他の人の作品がアップロードされた。十分後にはスクロールバーの下、三〇分も経てばつつがなく埋没し――累計閲覧数はゼロ。

 一時間ごとに各サイトのアクセス数を確認したが、目立った反応はない。


 二時間、三時間、四時間、五時間……。

 コピー、ペースト、投稿……コピー、ペースト、投稿……。


 一週間が経過して、まとまって読めるテキスト量が溜まってきた。

 泣きっぱなしの閑古鳥を宥めつつ、閲覧数上昇を見込めそうなコンテスト・自主企画に作品を登録する。


 どうやら小説投稿サイトの価値は、書き易さにも読み易さにもない。

 真に重要視すべきは、サイト内コミュニティの作品の売り込み易さ。

 アピールチャンスを得られないサイトの更新は、閲覧者も発生しないので早々に切り捨てを決める。どうせ唐突に打ち切られても悲しむ者はいない。


 二週間、三週間、四週間、五週間……。

 コピー、ペースト、投稿……コピー、ペースト、投稿……。

 アピールで得られた効果は微々たるもので、数件のアクセス数上昇に留まった。閲覧はされたが、評価・感想のコミュニケートにまでは至らず。

 何か言ってくれよ、頼むから。


 すると全三六作中の第一二作目に、お情けの三ツ星評価が一つだけ付けられた。

 ありがとう、ありがとう、でも足んないよこんなんじゃ。

「声を聞かせてよ」

 届かない祈りに業を煮やして活動範囲の拡大を決意する。


 細かく分割した小説を、更に一四〇字以内に収まるよう分割した。作品投稿用のツイッターアカウントを開設し、小分けにした小説を呟きの形で放流する。

 文末に『#twitter小説』『#〈作品タイトル〉』の挿入も忘れない。

 コピー、ペースト、ツイート……コピー、ペースト、ツイート……。

 連載は小説投稿サイトと平行し、同日更新分をツイッターにも乗せた。


 しかし物語の連投は応答もなく、タイムラインに溶けていくのみ。ツイートのインプレッション数から察するに、他のユーザーの目に触れてはいた。触れてはいたのだが、具体性のある反応を示したり、継続した興味を惹くには弱かったようだ。


「まだだ」


 動画編集ソフト『AviUtl』をダウンロードし、付け焼き刃で『文字だけ動画』の作り方を学習しつつ、小説の動画化を行う。

 作品に適した背景画像をフリー画像素材サイト『pixabay』より拝借。小説投稿サイト用から流用した本文レイアウトを背景の上に乗せる。

 文字枠を整え、より読みやすく。


 映像の次は音声だ。BGMを『YouTube オーディオ ライブラリ』から選曲し、『ゆっくりボイス』の名で知られた『SofTalk』の合成音声を読み上げに用いる。

 調声と読み間違いの訂正に、思わぬ時間を食った。

 完成した動画は片っ端から『YouTube』に投稿した。

 言うまでもなく、動画の海に溺れて消えた。再生数はゼロだ。


 二ヵ月、三ヵ月、四ヵ月、五か月……。

 コピー、ペースト、投稿……コピー、ペースト、ツイート……。

 一作、二作と芳しい成績を残すことはなく、残弾尽きて終焉を迎える。

 三六作目最終話の累計閲覧数は八回。チャンネルの総再生数は一八回。

 ディスプレイ前に力尽きて、頭を打った。

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