野獣邸前ホモガキ鏖殺事件#5

「で、その後なんだけど」


 救急車に乗せられた千夏は、警察病院で迅速な処置を受けた。

 検査と施術を終え、鼻と頭に包帯を巻いて病室に通される。

 特別待遇の代金に支払わされるのは、警察二人組の質問攻めだ。

 残念ながら、この時点では千夏自身が事件の状況を掴めておらず、まともな証言をすることができなかった。


 状況を把握するために、警官が去ってからテレビをつける。

 どこのチャンネルも、一様に野獣邸前の緊急生中継を放送していた。


 野獣邸内部では、覆面が拘束したホモガキを人質に立て籠もっている。

 覆面は人質の手足を手錠で拘束し、縄を咥えさせ後頭部で結びつける。

「動いたら殺すぞ」千夏の父は、床に転がした彼らを監視する。

 覆面の一人が警察の呼びかけを曖昧に突っぱねて時間を稼ぎ、残りの三人は持参したプラスチック爆弾を各所に配置していく。


 玄関口、応接間、キッチン、地下室、屋上。

 爆破準備を整えた覆面グループは、人質を一人連れて野獣邸の外に出た。

 千夏の父が人質に刃物を突きつけ、野獣邸前包囲網の発砲をけん制する。

 素早く下手トラックの荷台になだれ込み、爆弾の起爆装置を押す。

 プラスチック爆弾が起動し、ホモガキを巻き込んで野獣邸が爆発。


 包囲網の武装警官隊は予想外の轟音に怯む。


 同時に荷台が横開きに展開し、バイクに乗った覆面五人組ライダーが出現。刺殺した人質の死体を残して一列に走り出す。先頭のバイクが警官隊の盾をウィリー走行で押し倒し、斜め四十度の跳ね台を作って大きく飛翔。後ろの四台もその後に続いて、包囲網を切り抜けた。着地した五台のバイクは住宅地を散り散りに逃走。爆破の衝撃から立ち直った警察は慌てて彼らの後を追ったが、時既に遅く取り逃がしてしまう。


 野獣邸は跡形もなく吹き飛んだ。

 爆破跡からは人質の死体が見つかった。


 警察はただちに捕まえた男を尋問にかけ、犯行に加担した人物の情報を聞き出し、覆面組の正体を突き止める。 

 素顔を特定された彼らは、全国で指名手配された。


 千夏も捜査協力に同意し、刑事付き添いの元で病室から牢滋郎の携帯に電話をかける。

『ただいま、留守にしております』

 或いは居留守を使ったのか、いつまでも牢滋郎は留守のままだった。


 警察は牢滋郎の親類縁者もテロに携わっていた場合を想定し、入院中の千夏には外部との連絡を取らないよう釘を刺した上で厳重に監視した。また、牢滋郎の方から娘の千夏に接触する可能性も鑑みて、彼女近辺の警備を増員する。標的は一向に接触する気配を見せなかったが、千夏は大事に至ることもなく無事回復した。


 平行して、全国に張り巡らされた捜査網は狭まっていく。


 二人目の覆面は深夜の交通取り締まりで捕まった。

 三人目の覆面は飛行機で台湾に到着後、現地警察に逮捕された。

 四人目の覆面は逃亡先の町でグーグルマップに映り逮捕された。

 五人目の覆面は警邏中の警官に見つかり逮捕された。


 六人目の覆面――牢滋郎は飲酒運転中、警察車両に追われ事故死した。


 牢滋郎は飲酒運転中、警察車両に追われ事故死した。

 勢いで反対車線にはみ出し、トラックと衝突したという。


 明後日、退院した千夏の元へ新人賞受賞の連絡が届いた。


「あの日、覆面を落とした男が叫んだ時、お父さんの声が聞こえた気がしたんだ。待て、そいつは俺の娘だ、って。今考えれば、それはやっぱりお父さんの声だったのかな。もう想像しかできないけど」


 千夏は、わたしにも知りようがない問いを問いかける。


「お父さんは、もうわたしに合わせる顔がなかったのかなぁ」

「千夏はどうあって欲しい?」

「せめて、そうであって欲しい、と思う」


 語り終えた千夏はぼんやりと虚空を眺める。

 無表情でパソコンに向かい、事件の全貌を事細かに纏め始めた。

 超高速で入力されるテキスト。

 絶えず動き続ける最下段のスクロール。

 わたしには到底ついていけないペース。


 まるで人ならざる妖に憑りつかれたみたいに……。

 千夏は帰宅後も衝動を保持して本編執筆に移り、癒えぬ心の空白をキーボードに穿ち唄った。朝が来て夜が来て、もう迷惑なあの語録は聞こえない。

「お父さんが静かにしてくれたから」

 静寂に、ただひたすら響くタイプ音。それ以外はなにも聞こえない。


「せめてこの静けさだけは、わたしのためだけに」

 書斎から千冬のアパートへ避難する必要はなかった。

 六か月後、千夏は原稿を仕上げてノンフィクション小説を上梓する。

 新人二作目にあるまじき極厚単行本ながら、話題性抜群の大ヒット。

 間違いなく、千夏の編集者は正しかったのだ。


 わたしも負けじと小説を書き上げて新人賞への応募を続けたが、いつだって連戦連敗。一次選考さえ抜けられない泥沼に終わりはなかった。


「どこで差がついてしまったんだろうな」


 一作、一作と募る千夏の実績。

 一作、一作と募るわたしの呪い。


 駅前の本屋に立ち竦んで、

「また、取り残されてしまったなぁ」

 と実感するのだった。

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