野獣邸前ホモガキ鏖殺事件#3

 十一時四十二分、ホモガキは今か今かと時計を見てそわそわしている。

 騒音に近隣住民も遠目から様子を伺い、警察署に苦情の電話を入れていた。


 同時刻、帰路を歩く千夏の前で、車体を道角に隠すよう停車していた大型トラックが、突如としてエンジン音を唸らせる。千夏は驚いて足を止め、音源の姿を見上げた。

 堅牢にして巨大な銀色の車体が、陽光を浴び眩しく輝いている。

 トラックは急発進すると、加速して最短距離で野獣邸へ走った。


 来たる十一時四十五分――ホモガキたちは騒ぐのを止めて、一斉に時計に集中する。そして四十五秒が訪れた刹那に、全員が野獣邸を指さして「ここ」と合唱した。

 パシャリ、パシャリと撮影音も木霊する。


 合唱を終えて満足したホモガキの元へ、暴走トラックのタイヤ音が接近する。

 彼らは音源を見やった、トラックは野獣邸前の道路に群れる三人組を轢いた。

 フロントに砕かれた頭から脳漿が散り、鈍い音を立てて落下した肉体の上へ前輪が圧し掛かる。


 三つの肉体は血反吐と臓物を吐いて背骨ごと肉塊に潰れた。


 トラックは車体を左に一回転させ、急旋回の勢いで荷台のサイドパネルを歩道上のホモガキ二五人に叩きつけ薙ぎ払う。


 上手に逃げたホモガキ十三人を、新たに駆けつけたトラックが轢く。

 下手に逃げたホモガキ十六人を、新たに駆けつけたトラックが轢く。

 上手と下手から駆けつけたトラックは、ホモガキを轢いてもなお停車せず、フロントに残った上手二人と下手三人を引き摺って容赦ない直進を続ける。


 一番最初に駆けつけたトラックが更に半回転し、民家の壁に火花を立てて道を分断した。横になった荷台の側面へ、上手と下手から二台のトラックが衝突する。間に挟まれたホモガキたちは成す術なく胴体を圧縮されて潰れた。


 タイヤと人間と悲鳴が交錯する。


 二台のトラックは後退して道を分断する荷台から離れ、道端に転がりのた打ち回る上手十一人と、下手十三人のホモガキ目掛け再び直進した。


 バンパーに蹴られたホモガキが、ボウリングのピンのように道脇へ散る。


 そのうちの上手三人と下手一人がフロントに残留して引き摺られ、先客と同じ末路を辿った。これを繰り返す動作は反復音となって、千夏の元へと響く。


 荷台側面にこびり付いた肉片が細かく粉砕され、新たにくっつき、突き返すトラックに掻き混ぜられ、さながら形成肉の形相を呈する。


 ストレンジ・ミート・ハンバーグで補装される荷台の側面。

 死体と鮮血、半数未満の生存者が地面に散乱する。

 運よく轢かれなかった少女は、蜘蛛の子を散らす勢いで逃走した。


 走行停止したトラックから覆面姿が二人ずつ、計六人が降り、ホモガキを担いで野獣邸の中へ運んでいく。一人のホモガキが運搬途中に抵抗し、一枚の覆面を剥がした。


 覆面を落とした男は、速やかに首の後ろへ手刀を当てて鎮圧する。

 男は振り返って覆面を拾い上げようとしたが、道の先で思わぬ惨状に身を竦ませていた千夏が、偶然にもその素顔を視界に入れてしまう。男の行動は早かった。


「あいつ見やがったぞ!」男が叫び、五人の覆面が反応。

 男はホモガキを近くの覆面にパスして、自らの覆面を被り直し、千夏に駆け寄る。

 千夏も掃除道具を捨てて逃走した。全速力の疾走が住宅地を駆け抜ける。

 先に速度を落としたのは千夏だ。野獣邸から距離は取れたものの、追手の男を撒くには体力不足だった。


 男は千夏に全体重をかけて組み伏し、後ろ髪を掴んでアスファルトに連続で叩きつける。


 尖った補装の地面で鼻の頭を摺り切られ、鼻骨が折れて大量の鼻血を漏らす。

 顔面に繰り返される殴打で瞼が赤く腫れ、視界を喪失した。

 遂に千夏は気絶するも、興奮した男は攻撃の手を緩めない。


 それが命取りとなった。右方から足音を忍ばせて接近した年配のニンジャ警官に気が付かず、無警告に薙がれた警棒の直撃を後頭部に受ける。


 追加で二人の若い警官が駆けつけ男を袋叩きにし、下敷きに倒れた千夏を引き剝がす。追手の覆面は警官の姿を捉えると、即座に来た道を引き返した。

 年配の警官は事態の深刻さを察知し、刑事課へ応援を要請した。


 以上が野獣邸前ホモガキ鏖殺事件、第一幕のあらましだ。


「そんな具合」語り終えた千夏はわたしの反応を伺う。

「当事者目線から語られるとさ」わたしは次の言葉に迷った。「生々しいくせに、非現実的というか」

「でしょう。事件関係者でもないと、こんなの信じられないよ」


 千夏の顔には、今もうっすらと傷跡が残っている。


「わたしを痛めつけた男の正体は、近所に住んでるお爺さん。普段は優しそうな人だったよ。人は見かけによらないけどさ」

「覆面グループの目的は、土地にいわくを与えて騒音の源を寄せ付けないようにすることかぁ。だとしたら、暮らす人は相当なノイローゼ状態になっていたのかな」


 わたしがそう言うと、妙な間が生じた。

 何か、気に障る発言でもしてしまったのだろうか。

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