新人賞応募#4

「え、酷くない?」

「でも新人賞受賞者の次の作品は、出版社からすると一作目より大事なの」

「それはどうして」

「新人賞受賞の実力は一回きりのまぐれか、それとも本物か。次回作以降もコンスタントに商品として売れる作品を書き続けられるかを判断する分水嶺だから」


「ああ……一作目だけ出して音沙汰ない作家さんは結構いる」

「出版社にとっての、購読者にとっての価値を今後とも発揮し続けられるのか? 需要の素質は新作を出版するたびに際限なく問われるけど、特に強く問われるのが何らかの形で注目の浴びてからの二作目」


「新人は基本、『新人賞受賞作』のネームバリューで注目を集めるね。賞の名前も、受賞作に箔をつける大層な雰囲気のばっかだし」


「作品を重ねて箔が効力を失うと、以後はよっぽどの大事――『未来預言の書!』とか、『SNSで話題!』がない限り、作品は注目を集めずに埋もれてしまう。だから注目の効力が有効なうちに、これからも購読に値する作家だと大衆に認知させ、できるだけ多くの固定客で本物の箔を作らなくちゃならない」


「千夏のファン。千夏という作者ブランドに強力な価値を見出す人たち」

「そう、代金を支払ってまで長期的に作品宣伝、情報拡散を担ってくれる人たち。固定ファンが相応に付けば商業作家活動を続けられるし、ファン以外の読者層が気まぐれに購入してくれる機会も自ずから増える」

「最近の出版業界は育てない傾向が強いからねぇ。多産多死か、もうネットで有名になった作品を手当たり次第に連れてくるかばっかりで」


「それだけ小説が氾濫しているんだよ。失敗作は即首切り」千夏は自分の首を切り落とす動作をする。「作家がスタートダッシュで犯した失態は、作家生活そのものの挽回し難い致命傷になる――そんな訳でわたしは、事件の傷跡と今後の作家生活を天秤にかける必要に迫られた」

「うわぁ……」


「今、最も新鮮な傷跡を抉り起こしたセンセーショナルな小説を執筆すれば、『事件当事者本人作』の箔で出版できて、大勢の読者と将来のファン候補を獲得できる。これからも小説家でいられるんだ。でも、ここで事件の傷跡が癒えるのを待ってしまえば、事件の旬はじきに過ぎ去り、千載一遇のサバイブ・チャンスをみすみす逃す結果に終わる」


「うーん、受賞と次回作持ちかけのタイミングが良すぎる。事件ノベライズを見据えての受賞だったのかな?」


「嫌な事件にも少しは感謝しなくちゃいけないねぇ」千夏は皮肉な顔をする。「事件のおかげで、無かったはずの下駄を履かせてもらえたんだ」


 もしかすると、千夏は新人賞を受賞するため敢えて事件に巻き込まれたのではないか……そんな気がしてしまった。


「事件と気持ちの整理に、付き合ってもらえるかな」千夏が言う。

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