~3~

 暗い暗い部屋の片隅に明かりが点っていた。

 カタカタと言うタイピング音だけが静かな部屋に響いた。一瞬も止まることなく続くその音の主は、綾木だった。パソコンのディスプレイの明かりのみの中、彼は常の穏やかな笑みを消していた。真顔でただ手元はピアノを弾くかのように、軽やかながら残像が見えるほど早く、彼の目は五つあるディスプレイ全てに目を通しているようだった。ディスプレイの内一台は、黒背景に緑の文字でひたすら零と一を吐き続けている。一台は監視カメラの過去画像。一台は湊の過去のGPS。一台は湊のマンションの監視カメラの過去画像。一台は……

 再発などさせてたまるものか。

 やっとだ。やっとあの少年は、自由に青空の下を歩けるようになったのだ。それを邪魔する虫どもは残さず駆除しなければならない。やっていることが邪道? 何を今更。罪悪感など感じない。それ程までに、綾木は『あの世界』に毒されていた。自覚はしている。自分の感情がバグってしまったことなど百も承知だ。だが、それであの傷つきやすい、繊細なガラス細工のような心を持つ少年を護れるなら、誰に『外道』『非道』と謗られても痛くも痒くもない。

 自分の用意したマンションの周りの監視カメラをハッキング後、湊作成のタブレットにそのコードを移し、綾木はディスプレイの電源を切った。


 湊が攫われたと言う旨を伝えに来たのは、花咲だった。いつも通り帰宅しようと歩いていた所を拐かせたようだとのことだった。湊の周りに、常に警察官を配置するのは不可能だ。何せ、相手は一般人からしてみればただの中学生。その頭が億を超えるなど、誰が信用するだろうか。

 ——プツン

 綾木は、何かが切れた音を聞いた気がした。

「『スルト』さん」

「はい」

「皆さんを、『円卓』へ」

「かしこまりました、」

 スっと真顔になった綾木に、花咲——スルトは恭しく礼をした。

 そして、顔を上げ、

「『トール』様」

 綾木——トールは、タブレットを持ちどこかへ出かけた。その背を見送り、スルトはタブレットで短い文だけを残りの二人に送る。

『我々のカミサマが攫われた。至急円卓へ』

 湊が攫われ、『円卓』にみなが揃うのはなにもこれが初では無い。

 だが、今回は違う。

 湊が唯一敬愛し、尊敬し、認めているトールが動いた。

 どんな結末になるかは分からないが、スルトは心の中で、犯人に心底同情した。

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