~2~
片桐は綾木の誠実さを知っている。その綾木が信頼して託したのだ、そのマンションとやらはキッチリ設計書通りに造られているに違いない。
「いつ頃引っ越しますか?」
綾木に心酔している湊が勝手に話を進めてしまう。こうなったら何を言っても無駄と、片桐は口を挟むのを辞めた。言っても、どうせ論破されて終わりだ。
「出来るだけ早い方が良いですねぇ」
「ボクの謹慎が明けたらすぐではどうでしょうか?」
「良いですね。その日は片桐刑事もお休みにしておきます」
「自分もですか?!」
思わず大声を出すと、湊からは「オジサン何言ってるの」と言う白い目を、苦笑を浮かべる綾木をと、見事に味方が居なかった。
「引越しには、やはり男手が必要ですから……」
「綾木さん、綾木さん、斎木さんと福井さんは呼べますか?!」
「んー……あの辺りは管轄外ですが、声はかけておきます。湊くんの頼み事と言えばすげなく返されることはないでしょう」
片桐を置いてけぼりにして、話はどんどん進んでいく。もう勝手にしてくれ、とやけくそになったのは決して自分のせいでは無いと思う。
「湊くん用の『円卓』のキーは後からお渡しします。ついでに登録もしてしまいましょう」
「登録?」
キョトンと湊が小首を傾げると、綾木はもう何度目か分からない爆弾を投下した。
「『円卓』に入るためには、名前認証はもちろんの事、静脈認証、虹彩認証、顔認証、指紋認証が必要ですから」
「はいぃ?!」
なんだそのセキュリティの高さは。ここまでセキュリティが高い部屋など聞いたことがない。
「『円卓』には見られては困るものが山ほどありますからね」
サラリと言われたが、そうか? そこにそこまで力を入れて、建築家は何とも思わなかったのか? 隣では愛息子が「さすが綾木さん!」と感極まっているが、良いのか。本当にそれで終わらせて良いのか。衝撃のあまり固まってしまった片桐を再び置き去りにして、二人の会話はとんとん拍子で進む。
「荷造りはどうしましょう……流石に日数が短すぎて……」
「知り合いの引越し業者に頼みましょう。融通を利かせてくれるはずです」
「知り合いの引越し業者?!」
「引退した同期です」
度重なる片桐の驚きをサラリと綾木はかわす。
建築家に、設計士に、引越し業者……綾木の顔はどこまで広いんだ。隣では愛息子がキラキラしているが、良いのか。愛息子よ、疑問には思わないのか。全て「綾木さんだから」で済ましそうだ。湊の綾木に対する崇拝具合は天元突破している。コレは何を言っても無駄だ。心の中で両手を上げ、片桐はつっこむことを諦めた。
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