~3~

 廊下の最奥、唯一明るい部屋に入った瞬間目に入ったのは、ナイフを振り上げる男と、標的となっている成宮。

「成宮君!」

 頭で考えての行動ではない。反射的に湊は成宮に覆いかぶさった。途端に背中に走る痛みと熱さ。成宮の腕に倒れ込みながら、薄く笑う。

「かれを、ただの、チンピラと、おもってるなら……みるめが、ない、ね……」

 もはや大きい声は出ない。男にも、恐らく成宮にも届いていないであろう言葉。

 それが、最後の意識。


 夢を見ていた。

 夢を見ている自覚があった。

 ヴァーリと笑いあって話をしている自分。時にはトールを交えて三人で笑って話をしていた。内容は他愛のない事だ。訪れることの無い『未来』について、あーでもないこーでもないと話しては笑った。

 夢だと分かっていた。

 とても懐かしい、愛おしい夢だった。


 背中に走る鋭い痛みに、優しい夢から湊はフッと意識を取り戻した。懐かしい夢を追うように虚空を見つめていると、隣に人の気配を感じた。視線をチラリと向けると、成宮だった。視線をすぐに元に戻す。

「っ……傷、痛むか?」

 彼なりに一生懸命考えてのひと言なのだろう。それが分からない程馬鹿ではない。脳裏に過ぎる愛おしい夢。アレには続きがある。ヴァーリが居なくなり、遠ざかるトールの背を懸命に追う自分がいるのだ。

 成宮もヴァーリのようになるのだろうか。

 もしくは、トールのように。

 ゾッとした。

 それは、酷く恐ろしかった。ろくに彼の顔を見ることが出来ない。

「……痛いに決まってるでしょ」

 それだけ言って、顔を反対側に向ける。とにかく、今は成宮の顔を見ることが出来なかった。

「オレ……守られてばっかだよな」

 ポツリと成宮が零す。守られているのは自分の方だと言うのに。けれど、上手く否定することは出来なかった。

 すると、

「あ? 何だこのシケた空気」

 空気を読みながらも思い切り叩き壊す勢いで大男が病室の扉を開けた。大男だ、片桐に負けず劣らずの長身と体格。片桐の同期にして湊の仕事仲間であるその男は、フェンリルこと公安警察の斎木と言う。

「斎木さん……そんなだから片桐さんや花咲さんに『頭弱い』って言われるんすよ……」

「いや最初にそれ言ったのお前だったよな?」

「だっていちいち言動がアレだったから……」

 斎木は、言動こそ粗雑であるが、それは見た目だけだ。湊の『仕事仲間』の中で、クラッキング技術で斎木の右に出るものはいない。頭もキレるし、頼もしい仲間だ。

「まあ何でもいいけどな。ところで湊君の意識は戻ったのか?」

 話を振られ、モゾモゾと斎木の方に顔を向けた。いかんせん怪我をしたのが背中だ。うつ伏せだといちいち動くのがやりにくいことこの上ない。

「起きてるよ。でもこれじゃパソコンに向かえない」

「スマホも禁止だからな? オレその為に同室になったんだし」

「はぁ?」

 意味分かんない、と顔を成宮に向け直して心底不愉快そうに言う。電子機器が無いと自分は無力だ。それを痛いほど痛感したからこそ、電子機器が一切無いなどという状況に不安しか感じない。

 そんな湊の不安を悟ったのか、斎木がスっと成宮が付けていたであろうヘッドホンに耳を当てた。

「それで? そんな湊君の横でパソコン開いてたボウズは何してたんだ?」

「耳コピっすよ。この曲を聴いた音から楽譜に落としてたんだけど、絶対音感ある奴がその楽譜が間違ってたって言うから、どこか探してたんす」

「聴いただけで分かるもんなのか」

「慣れれば」

 成宮の音楽の腕は湊も理解している。だが、それは天賦の才だと思っていた。だが、努力の賜物だったのだと今更知った。

「もしかしてボウズは、頭良いのか?」

「まあ……言うなら勉強は出来るタイプの馬鹿っす」

 成宮は直感で行動している。馬鹿だと自分を過小評価しているが、その『馬鹿』に助けられている人間がいることを彼は理解していないに違いない。

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