~4~
恐らく綾木に無理矢理帰宅させられたのだろう。その日の夕方、片桐はやってきた。傷の具合はどうだと問う彼に、痛い、と不機嫌に言う湊と、ぼちぼちっす、と苦笑する成宮を苦笑混じりに見ながら、事件のあと二日も目を覚まさなかったとは思えないくらいにいつも通りの対応を見せる湊に、片桐はどこか違和感を覚えた。どこか嫌な予感すらする。
二人の間に椅子を引っ張りこんで座り、ぽんぽんと湊の頭を撫でる。警戒心の強い野良猫は、今は大人しくそれを受け入れていた。相当精神的に追いやられているようだ。それはそうだろう。湊は、成宮が危険な現場にいることを好まない。それはヴァーリの一件がいまだ湊の心の奥底に突き刺さっている証拠だ。
しばらく湊の頭を撫でていると、パタパタと言う足音が聞こえてきた。足音が軽い。子供か、あるいは女性だ。その足音は部屋の前で止まり、次いでバンッとドアが開いた。
「仁くん!!!」
そこに居たのは、少女だった。湊の知り合いではない。後ろから「走らないの」と注意する女性は少女の母親だろうか。
少女は、包帯まみれの成宮を見て、堪えもせずに涙を零す。
「ちょ、春、待て、落ち着け、な? いい子だから」
宥める成宮の言葉は効果がなかったらしく、少女は成宮に駆け寄って思いっきり抱き締めたようだった。
「じんくっ……けが……っ! っふ……うあああああん!!」
「痛てぇ!!」
思い切り縋り付いて泣くものだから、全身にある傷に障らないわけがない。あれは相当痛いだろうなぁ、と片桐は他人事ながら哀れみの目で見た。
「ああ……ごめんな、春。心配かけたな。ごめんな。
オレは大丈夫だから。ちゃんとお前のところに帰るから。少しだけ、いい子で待ってろ」
「っ、うん……うん、じんくん……」
しゃくりあげる春と呼んだ少女の背をぽんぽんと軽く叩き、女性に成宮は一礼する。どうやら知り合いらしい。
暖かな、絵に描いたような優しい風景がそこにはあった。恐らくは湊が望み、望み、望んでも手に入れられなかった穏やかな景色。
「大丈夫か?」
無駄と知りつつも、声をかける。案の定、「何のこと?」とすげなく返された。あの景色を見て、湊が何も思わない筈はないのに。まだ、自分はそこまで踏み込ませてもらえないようだ。
仕方ないと思ったが、困った溜め息が出た。
「また明日、来るから」
「こっち来る暇あるなら仕事して」
『家族』より優先させる仕事は一体何だろうか。そう思ったが、口を塞いだ。どうせ湊に言っても真の意味で理解はしてもらえない。
「じゃあな」
ドアの向こうに去っていく片桐の背を知らず追って、湊は目を閉じた。眠れないことなど分かっている。ただ、
分かっている。仕方ない。自分にはそれを望む権利は無いのだ。
その事実が、胸に突き刺さった。
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