~4~
「ん?」
異変に気付いたのは、意識を取り戻してから数日過ぎてからだった。その間ずっと思い詰めた顔をしていた湊が、遂にその日、来なくなった。『仕事』が忙しくなったのかと思ったが、見舞いの間も三台持っている携帯を駆使して『仕事』をしていたのを見ている。と言うことは、仕事関連ではない。では、何だ。
嫌な予感がした。
通話可能場所で湊の携帯に電話すると、案の定無機質な声で電源が切られてる旨を伝えられた。パジャマの上に上着を羽織り、靴を引っ掛けて片桐は病院を飛び出した。後ろで看護師が何か言っていた気がするが、今はそれどこでは無い。
警視庁捜査一課、綾木に伝えなければと思っていれば、ちょうど花咲が捜査一課の前に居た。彼女は湊の仕事仲間だ。特に探知に長けていると湊から聞いたことがある。片桐は花咲に駆け寄り、彼女の細い肩を掴んだ。なんと言えばいい。どうすれば彼女に一度で伝わるか。答えは一つだった。
「カミサマの居場所を探してくれ!」
そう伝えれば、彼女はスっと表情を引き締めてくれた。伝わったのだ。彼女に任せれば一安心だと思っていると、
「どういうことっすか? 片桐、どっか行った?」
「! きみ……?」
その言葉に弾かれるように振り返ると、先日見舞いに来てくれた少年だった。何故今のやり取りで湊とわかったのか。知らず険しくなる片桐の刺すような視線を真正面から受け止めて、彼は続けた。
「オレ……こないだ病院で、気付いたんす。あいつを人外扱いしてたのは、オレも同じだったって。だけどあいつは、あくまでただの子供なんだって。
それでもあいつの頭脳は、確かに人並み外れてる。あいつは……オレらみたいな、あいつがただの子供なんだって分かってるヤツが守らなきゃいけない存在なんだ。
……そうっすよね」
迷いのない瞳。飾らない言葉。全身で訴えてくるのはただただ湊への情で。ふと片桐は、前に湊が学校で知り合ったと言う『友人』の話を思い出した。名前は確か……
「成宮君、だったか」
急に背筋を伸ばした成宮に訝しみながら、片桐は柔らかく笑んだ。
「湊のことはこちらで探す。彼女が探してくれるならすぐ見付かるから、心配しなくていい。きみはただ、信じて待っていてくれ」
子供扱いはしない。それは彼への侮辱になる気がした。だが、安心出来るように。
一つ頷いた成宮が、手にしていた茶封筒に力を込めるのを目の端に止めた。我慢してくれてるのだろう。それを申し訳ないと思いつつ、彼を『こちら側』に入れる訳にはいかないと、心の中で首を横に振った。
「中間テストの日程表……預けようかと思ってたけど、オレが直接渡します」
平均男子よりは大きいだろうが、まだ片桐から見たら小さい成宮は口元に笑みを浮かべた。
「ちゃんと顔見ないと安心は出来ないんで。
……信じてっから、早く見付けてください」
「分かってる」
去っていく幼さを残した背を見送ったあと、片桐が花咲に視線を向けると彼女は既にタブレットを弄っていた。一見普通のタブレットにしか見えないが、どうせ湊のカスタマイズ済みだろう。
「他の二人にも連絡しておきました」
「助かる」
実は湊の失踪は今回だけではない。どうしてか、彼は気紛れな野良猫のようにフラリと姿を消す。その度、花咲や斎木などに声をかけて、探して、見つけて、叱っての繰り返しだ。まだ信じてくれていないのかと、片桐はその度に苦悩する。
だが、今回の失踪の理由は分かっている。自分だ。自分が死にかけたことが、湊の幼い心に負った傷を刺激したのだろう。
もどかしかった。
ままならない自分が、もどかしかった。
「斎木さんから連絡が入りました。神奈川の川崎市に居たそうです。向かいますか?」
その怪我で? と、視線が訴えていた。思えば、今の自分の格好は病院のパジャマの上にジャケットを羽織った状態だ。湊のことで頭がいっぱいで格好にまで気が回らなかった。しかも、走ったからか傷口も開いている気がする。
「いや、この格好で迎えには流石に行けない。大人しく待ってるよ」
「さようでございますか。では、斎木さんにはそのように伝えておきますわ」
おっとりと微笑み、彼女は片桐には到底不可能な早打ちで通信チャットに情報を流したようだった。
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