~5~
会議室の一角で斎木と湊を待っていると、暫くして二人は会議室にやって来た。俯いているため、湊の顔はよく見えない。ただ、共にいる斎木の顔を見ればすぐに分かった。
「湊」
柔らかく声をかけると、湊の肩が大きく跳ねた。
「こっちおいで」
躊躇う湊の背を、斎木が軽く押した。おずおずとやって来た湊の小さな身体を優しく抱き締める。決して泣かない少年の、小さな抵抗。
「悪かった」
震える身体。でも泣いていないことを片桐は理解していた。いっその事泣いてくれたら良かったのに。そうしたらきっと、楽になれるのに。心の澱を吐き出す術を湊は持っていない。
「でも、俺は約束は守るぞ。お前を残して死なないと約束したじゃねぇか。今回だって生きて帰ったぞ。我ながら偉いと思うんだがお前はどう思う?」
おどけて言ってみると、腕の中で湊が小さく「何それ」と呟いた。
「ま、オジサンは死んでも死ななそうだもんね」
「アンデッドみたいで嫌だな、それ」
軽口を叩き合い、ようやく本調子に戻ってきたらしい湊が、わざと傷口を軽く叩いた。
「い゛っ!」
「こんな傷、ちゃっちゃと治しちゃってよ。仕事増えてもボク知らないよ」
「そこは助けてくれよ」
「やだね」
にべもない言葉に苦笑しながら、片桐は目線だけで斎木に退出を促した。この少年は人前では絶対甘えてこない。たまに、本当にたまに心が疲れた時に猫のように擦り寄ってくるのだ。そして、そのタイミングは今だろう。察しのいい幼馴染は一つ頷いて部屋から出ていった。
「みーなと」
優しく声をかけると、今にも泣きそうな顔をした湊が顔を上げた。
「おいで」
自分の膝を叩くと、湊は大人しくそこに腰掛けた。右手で片桐の服を掴み、また俯く。
「ヴァーリを思い出したか?」
大きく跳ねる肩を抱き寄せる。優しく、強く。
「悪かった」
「……死なないって、約束した」
「したな」
「約束破りははっ倒す」
「おー、怖っ」
抱き締める力を強めると、胸元に頭を埋めて、湊は片桐の心音を確かめるように目を閉じた。
「約束、破らなかったから、今回は勘弁してあげる」
「そいつは助かるな」
髪を梳くと、猫のように擦り寄ってきた。だが、片桐にはまだ湊の瞳に吹雪が吹いているのが見える気がした。誰と一緒にいても、どんなに愛されようと、自覚しないまま湊の瞳には吹雪が吹いている。それを止める術を、片桐は知らない。分からない。ただ抱き締めることした出来ないこの両腕の何と無力なことか。
いつか、この吹雪は止むのだろうか。
止む日を、ただ片桐は祈っている。
「そうだ、成宮君が心配してたぞ」
「成宮君が? 何で?」
「友達だからだろう」と言う言葉を呑み込んで、片桐は「さぁな」とだけ返した。
「後で連絡しないとな」
髪を梳くとほんの少しだけ嬉しそうに近寄る警戒心の強い野良猫を眺めながら、片桐は心の中でだけ謝った。
死なないと誓った。その言葉に嘘偽りは無い。だが、もし、万が一この命が亡くすとしたら、湊を庇ってなのだろう。かつての、ヴァーリのように。そこは変えられない。それくらい湊に情を抱いていると、この傷つきやすい少年はおそらく気付いていない。
だから、心の中でだけ、「悪ぃな」と呟いた。
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