~3~
スっと、それまで静観していた男が成宮にナイフを差し出した。反対側の手には拳銃を成宮に向けたまま、早く受け取れと促す。一拍置いてそれを手に取れば、男はニヤリと嫌な笑みを浮かべた。
「小僧とも知り合いなら丁度いい。——どちらか選べ。そして斬れ」
「……は?」
は?
何を言ってるのだこの男は。馬鹿だ馬鹿だと思ってはいたが、ここまでだとは正直思っていなかった。切る。切るということは傷害事件か。事件慣れした頭があまりの馬鹿らしさにそんな答えを叩き出した。成宮も戸惑っている様子だ。まぁ、それもそうだろう。いきなり呼び出されて、知り合いが二人いて、どっちかを斬れと抜かしやがる阿呆がいて。冷静に考えなくても茶番としか言い様がない。
「そんなもん、選べるわけ……」
「ないよな、そうだよな。だが選べ。自分の代わりに……自分の手によって傷付くお友達を」
一度精神科にかかることをオススメする。そのレベルのイカれ様だ。チラリと横目で少女を見ると、彼女はもはや顔面蒼白で声も出ないようだった。仕方がないので、代わりに口を開く。
「なにボヤボヤしてんの」
湊の言葉に、弾かれたように成宮はこちらを見た。
「片や身内、片やただのクラスメイト。考えるまでもなく、ボクを斬るところでしょ」
そらさぬ瞳でそう言うと、彼はイヤイヤをする子供のように頭を振った。いくら事件慣れしているとはいえ、修羅場経験は低いのだろう。当たり前だ。彼は『一般人』なのだから。
「違う!」
やっと出した声は、掠れていた。
「代わりなんて居ないんだ。そうじゃない。ただオレが、家族も友達も傷付けたくないって言ってんだよ!」
は?
本日二度目の『は?』である。彼は今何と言った? 『友達』? 誰と誰がだろうか。少女と成宮か? いや、彼は彼女を指して『家族』と言った。ならば……ならばこの場合の『友達』とは?
湊に『友達』は居ない。作れない。まだ『あの計画』の人間が全て捕まった訳では無いのだ。犠牲は自分一人で充分だ。いざとなれば、自分に繋がる全てを切って逃げようとさえ思っている。そんな自分を指して、『友達』? あまりにも笑えない冗談だ。
成宮は何かを考え込んでいるようだった。そして、何かを決意した顔でこちらへ向かってくる。やれやれやっとか、と思うのと同時に片耳に付けていたイヤホンから静かな声が聞こえた。
『ロキくん、突入準備、完了しました』
警察側の準備は整った。あとは成宮がどう出るかだ。
「じんくん?」
弱々しい少女の声に弱く笑い返し、二人の前で一度止まり、ゆっくりと、ゆっくりと、湊の方へやってくる。
「じんくん!」
少女が叫ぶ。
「片桐、信じてるからな」
そう言って下ろされた先にあったのはロープの結び目。バッツンと音がして縄が切れたことを確認し、湊はニヤリと笑った。
「流石は野生児。タイミングぴったり」
「警察だ! 全員そのまま動くな!」
片桐を含めた捜査一課の面々がなだれ込んでくる。突然の警察介入に、安心した様子の成宮とは違い男は酷く狼狽えていた。
「なっ……!? こんなに早く!?」
拳銃を手放そうとしているが、強ばっているのか男の手から離れることはなかった。その間に距離を一気に詰めた片桐が男の腕を捻りあげる。
「午前十一時六分、現逮!」
ああ、いつ聞いても惚れ惚れするバリトンボイス。片桐のその姿が湊が大好きなことをおそらく本人は知らないだろう。言ったこともない。
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