~4~

「じんくん、もういいよ」

 優しい少女の声で、成宮の手からカランとナイフが落ちる。

「綾木さん、遅いですよ〜」

『すみません、上からの許可をいただくのに手間取ってしまって』

「ま、間に合いましたけどね」

 通話状態にしたままだった携帯を取り出し、そのまま相手に少し拗ねた口調で文句を言う。でも、それが心からの拗ねなのか、演技しての拗ねなのか、の判断基準は難しい。特に湊の場合、隠す方に重きを置いているのだから。

 成宮は、少女をキツくキツく抱きしめている。羨ましいと思うのと、ツキンと痛む胸の痛みには見て見ぬふりをした。

『湊君。お疲れ様でした』

「緊急事態ですから、仕方ありませんよ」

 生憎と暇な身分で無いが、綾木のお願いが最優先だ。帰ってから山積みになっているだろう『仕事』にややゲンナリしながら、湊は肩を回した。

「ねえ、オジサン」

「湊、無事か?」

「見ての通りピンピンしてるよ。ああ、縄の跡が付いたくらいかな」

 両腕に残った赤い線を見て、片桐の眉が険しく寄った。犯人、アーメン。

「ボク帰っても平気?」

「いや……事情聴取があるから……」

「『仕事』あるんだけど」

「決まりだから……スマン」

 罰が悪そうな顔を見て溜め息をこぼす。あの巨体を今は小さく縮こませているが面白かったから、まァ、仕方ないかと、湊はなるべく『仕事』のことを考えないようにした。






 そんな事件の翌日、屋上で昼ごはんを食べながら『仕事』をしていると、成宮が「よっ!」とやって来て、許可も取らず隣に座った。日に日にこいつの図々しさが増している気がするのだが、気のせいだろうか。大体、湊がここに居るという情報はどこから手に入れたのか。今度はもっとこっそり来ることにしよう。屋上ここはしばらく使えないな、と溜め息をこぼす。

「片桐さんてさー、失礼な話、くたびれたオッサンだなくらいにしか思ってなかったんだけど……カッコいいな」

「は? 何を今更」

 片桐がカッコいい? 本当に今更な話だ。普段は湊にゲロ甘な片桐だが、事件を追っている時の鋭い視線など、惚れ惚れする。必ず犯人を捕まえるその根気も素敵だ。だが、湊が一番気に入っているは、犯人を確保した時に聞けるバリトンボイスだ。あれは何度聞いても痺れるほどカッコいい。そんなことを成宮は今更気付いたのか。

 数台持っている携帯で昨日出来なかった『仕事』をこなす。それよりも、

「っていうか何でついてきてんの釘宮君」

「成宮だ、くぎゅじゃねぇよ。別にいいだろ、減るもんじゃなし」

「減るね。ボクの気力が」

 疲れた溜め息をこぼし、湊は『仕事』に戻ることにした。このクラスメイトには何を言っても無駄と対人関係初心者の湊でも分かった。なのに、隣にいるのが苦痛にならない人間は珍しい。珍しいこともあるもんだ、と湊は『仕事』に集中した。

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