選べない男
~1~
珍しく綾木から連絡してきて、湊は全てを止めて通話を優先させた。もとより綾木からの連絡は最優先にしている。
「はい、片桐です」
『もしもし、ロキくんですか?』
その言葉に、スっと表情を引き締めた。綾木は滅多なことでは『その名』を口にしない。そんな綾木から『その名』を呼ぶということは、すなわちそういう事だ。三台パソコンに向かい合い、いつでも動けるように肩と頬で携帯を挟み込んだ。
「どうかしましたか?」
『少々調べていただきたいことが出来まして』
「何でしょうか」
『成宮くんの家のそばの監視カメラをハック出来ますか?』
成宮の家の傍にある監視カメラのハッキング? そんなものは赤子の手をひねるようなものだ。自分と関わりを持ってしまった彼の周りに、悪の手を伸ばしてくる輩が居ないか毎日チェックしているのだ。コレでも成宮のことは気に入っている。自分のせいで害が出るようなら、早急に離れなければいけない。
「完了しました」
『出来ましたか。そこから過去ログを辿って、少女が拐われているところを確認してください。そのまま追っていただけますか?』
過去ログ? 少女が拐かれた瞬間? よく分からないが、綾木がわざわざ『ロキ』に頼み込んできたのだ。手は抜けない。
「データは全てスマホに転送します」
『ええ、お願いします』
スマホを挟んだまま各データを綾木に送る。地図にはGPSで常にターゲットの位置が分かるようにしてあるので大丈夫だろう。
「成宮君関係ですか?」
湊の問いに、沈黙で肯定が返される。捜査一課の面々に指示を飛ばす綾木の声を聞きながら、湊は顎に指をかけた。
やがて、五分もしない内に綾木から冷静な声が届いた。
『……行きました。GPSを追って下さい』
すぐさま成宮の携帯をハッキングして、GPSを追う。向かう先は悪どい事を考える輩が集まりそうな寂れた廃ビルだった。
「あの、『トール』」
『どうしました? ロキくん』
互いのことをそう呼び合う時はさほど無い。だからこそ分かる。緊急事態だと。
「ボクも向こうに先回りして、少しでも長く時間稼ぎをしたいのですが、どうでしょうか」
綾木ことトールが、わざわざ『ロキ』に依頼してくるということは、時間があまり無い、ということでもある。でなければ彼は、捜査一課を総動員して事の収束を図るだろう。時間があまり無いのであれば、少しでも長くするべきだと湊は考える。無論、コレで綾木に「駄目です」と言われれば素直に諦めるが、綾木も湊と同じで合理主義だ。普段は優しい人なのだが、使える駒は全部使うところを知っている。そして、こう言った場合、彼がどちらを選択するかが分かる程度には長い付き合いのつもりだ。
『お願いします』
予想通りの言葉に、湊は頬を緩ませた。それでこその『トール』だと褒め讃えたい。
「ボクでどれだけ時間稼ぎ出来るかは分からないので、なるべく早急にお願いします」
『分かっています』
「GPSは『スルト』に頼んでもらえますか? そっちの方が早いんで」
『分かりました』
「それでは、ボクは向かいま」
『……湊君』
「何でしょう? 綾木さん」
『深追いと、無茶だけはしないでくださいね』
心から心配している声で言われ、少しだけむず痒い気持ちになった。頬が勝手に緩んでしまう。
「分かりました」
そう答えておきながら、多分成宮の身に何か起これば、湊は身を呈して庇うだろう。無理無茶無謀は湊の専売特許だ。綾木だって、それは分かっている。分かっているからこその言葉なのだろう。湊だって、そこまで人の心の機微に疎いわけではない。だが、変えられない性分なのだと開き直っただけだ。
意味を持たない口約束。
でも、それが密かに嬉しいことを、きっと綾木は知らない。
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