~4~
「学校に知り合いが出来た」
夕食の時にそう湊が切り出した時、片桐は驚くと同時に酷く安堵した。
湊の周りには人が少なからずいる。だがそれは湊を『ロキ』と把握しての人か、片桐、綾木経由で知り合った刑事たちだ。同年代の知り合い——湊のことだから気付いていないだろうが、所謂『友人』が出来たと言う。それはとても喜ばしい事だった。子供はマイノリティに敏感だ。湊の並外れた頭脳を妬むものは多いだろう。学校に普通に通っていたら通っていたで、片桐はイジメの心配に胃を痛めていたに違いない。
「どんな子だ?」
話を振れば、「変な子」とまぁ辛辣な返答があった。
「変な子?」
「ボクにやたら絡んでくる。でも、彼の作る問題はいい暇潰しになるから好きかな」
淡々としたいつもの口調だったが、目はキラキラとしていた。余程その子のことが気に入ったらしい。
「なんて名前なんだ?」
「成宮仁」
はて、どこかで聞いたことがあるが、いつだったか。記憶を探っても答えは出ず、片桐はひとまずそのことを棚に上げることにした。
「その子が持ってくる問題ってどんなのだ?」
湊が気に入り、尚且つ「いい暇潰しになる」とまで言うくらいだ、相当難しいのだろう。
「この間は京大の入試試験だった」
片桐は飲みかけていた味噌汁を噴き出しかけた。
京大? 京大と言ったか? この義息子は。日本有数の大学だと知っているのか。いや、知らない訳がない。だって湊だ。
「大丈夫? オジサン」
噴き出しかけた元凶は心底心配そうにこちらを見てきた。
「お前のせいだろ」と言う言葉は呑み込んで、話を続ける。
「『仕事』の合間にやったのか?」
「え? うん」
「何を言っているんだ」と言う顔に「お前の方こそ何をしているんだ」とツッコミそうになった。
湊の『仕事』とはすなわち、警察の捜査協力であり、迷える人々への奉仕活動だ。正直寝てるのかすら怪しいスケジュールの中で、さらに京大の入試試験の問題を解いていたと言うのか。いや、分かっている。宿題の一環だろう。学校に滅多に出席しない湊が許されているのは、大量な宿題をこなしているからだ。それを「つまらない」と愚痴を言っていたのは記憶に新しい。その宿題に大学入試試験の問題を潜らせていたようだ、その『成宮仁』君とやらは。
湊はつっけんどんとしていて無愛想だし、歳上にも敬語を使わない。自分より上の人間にしか敬意を評さないのが湊と言う人間の生き方だった。敬語を使い、頭が上がらない綾木警部補の方が稀なのだ。
その代わり、気に入った人間にはとことん甘い。
片桐だけでは無い。同期の斎木、鑑識の福井、生活安全課の花咲にも湊はゲロ甘で寛大だ。捜査一課の綾木などその筆頭だろう。まぁ、彼らも湊にはゲロ甘なのでどっこいなのだろうが。
その中に、新たに加わった『成宮仁』
片桐は心の中だけで合掌した。湊に気に入られたということは、つまりはそういうことだ。ましてや、自己防衛出来る大人組とは違う。きっと、身体を張った護衛をするに違いない。過去に目の前で一番大切な人を喪った彼は、身内と認定した人間をそれこそ身を呈して護る。何度となく片桐に注意されても変わらない。自衛が出来る大人組にもそうなのだ。同年代の『身内』がどう扱われるなど目に見えている。
「仲良くなれるといいな」
「は? 何言ってるのさ」
心底理解していない慧眼の少年に苦笑して、片桐は残りの夕飯を平らげた。
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