~3~
ズラッと並べられたそれらを見て、湊はげんなりとした表情になった。
嬉々とした表情を浮かべている片桐に、億劫そうに目の前の『それら』を指さす。
「念のため聞くけどさ、オジサン、これ何?」
「中学の制服と教材だな」
不機嫌丸出しの湊と違い、片桐はどこまでも楽しげだ。
それを鮮やかにスルーして、湊は作業中だったPCに向き直る。広いデスクに何故か三台も並んでいるが、片桐は特に違和感を覚えなかった。寧ろ、ここで一台だった場合、ツッコんだだろう。以前彼は、十台以上あるPCを自在に操作していたのだから。それと比べればたかだか三台くらい、可愛いものである。三つあるキーボードをそれぞれ別に操作しながら、湊の返事はそっけない。
「いらないよ。そんなの」
「どうしてだ?」
「中学、行く気ないもん」
湊の言葉に、片桐は眉間にしわを寄せた。
「義務教育だぞ?」
「その義務教育である小学校に通ってなかったボクにそれ言う?」
淡々と拒否されて、片桐はぐぬぬと小さく呻いた。
想像通りの返答であったが、だからと言って納得できるわけもなく、片桐は意味もなく教材の一つをパラパラめくった。
「ホントに行かないのか?」
「行かないってば」
「将来とかどうすんだよ、金とか」
ブチブチ拗ねた口調で言う片桐に、盛大なため息をついた後、湊は再び片桐と向き合った。
「あのね、オジサン。ボクが今まで何して稼いできたと思ってんの?」
片桐が引き取るまで、湊は一人だった。一人だったが故に、勿論金は必要だろう。それをどうやって稼いでいたか? 答えが分からず、キョトンと首を傾げる。
理解していない片桐に大きなため息をつき、湊はPCを親指で指した。
「株」
「株」
「そう、株」
呆れたように言って、湊はデスクに頬杖をつく。
「それから、今は警察からの謝礼金」
何についての、と問うのは野暮だろう。片桐としては不本意ではあるが、確かに湊が関わった事件の検挙数は両手の指では到底足りない。
それでも、片桐は学校に行ってほしかった。学校には学校にしかない楽しみがある。それを湊に分かってほしかった。
「でも、ホラよ、学歴とか」
それを持ち出した瞬間、湊の目の色が変わった。
「じゃあ、大学院まで行けばいいんだね」
「変わり身早いな!」
盛大にツッコむ片桐は、湊の心中など知らない。
学歴。
今だ日本において重要視されている、くだらない制度。
けれど、度外視出来ない制度。
片桐は警察官だ。オフの時こそだらしなく見えるが、事件中の彼の眼の鋭さを知っている。「犯人確保!」と叫ぶときのカッコ良さを知っている。
その息子の学歴が、小卒にも満たないだなんて、彼に申し訳ない。
拾ってくれた彼に申し訳ない。
ならば目指すのはどこか。勿論大学院に決まっている。
大学院まで出ていると聞いたら、大抵の大人は黙るだろう。
では、大学はどこにしようか……少し考え、湊はふと閃いた。
「そうだ。心理学について最高峰の大学にしよう」
「はあ?」
長い沈黙を経たと思ったら、いきなり訳の分からないことを言ってくる息子を、片桐はポカンと見つめる。
「何でいきなり心理学?」
脊髄反射で問いかければ、湊は頬杖をついたまま、反対の手でピンと人差し指を上げる。
「犯罪心理学に詳しくなれそうじゃん。そしたらプロファイリングとかも出来るし」
どこまでも事件のことしか考えていない湊に、片桐は肩を落とす。少しは、こう、『子供らしい』ことを覚えてほしい。否、それをこれから教えていくのは自分か。
とにかく、中学に行ってくれる気になっただけ上等だろう、と教材らを置いて立ち上がろうとした片桐に、またPCを操作しながら湊はアッサリと言い放った。
「あ、中学は必要出席日数しか行かないから」
「……あ、そうですか……」
湊は、やはり湊だった。
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