~2~

 案の定の言葉に、肩をすくめる。

「お前も行くんだよ」

「え、いやだ」

「……担ぎ上げられたいのか?」

 片桐の言葉に湊はうぐっと顔を反らした。湊を担ぎ上げたまま外を歩くくらい、片桐には簡単だろう。分かっているから、ここで強く否定することはできない。なにせ、片桐は『やる』と言ったらやる男だ。それは痛いほど知っている。だが、一緒に外に出ると片桐は当然そうに手をつないでくる。それこそ、『本当の親子』のように。それが湊は嫌だった。だって、片桐は義理で拾ってくれただけだ。いつかはきっと嫌になって自分を離すに違いない。だからこそ、それを『当り前』と享受して、慣れてしまうのが怖かった。片桐には、言えないが。

「……手、繋がないならいいよ」

「手繋がないと、お前すぐフラフラとどっか行くじゃねぇか」

 それも事実で、唇を噛む。気になるものがあると、そちらに行ってしまう、悪癖。分かってはいるが、なかなか直らない、癖。

 頑なに行くことを拒む湊と視線を合わせようと、片桐はその場にしゃがみ込んだ。

「なぁ、また変なこと考えてるだろ」

 柔らかい口調に、雪が降る瞳を向ける。

「変なこと?」

「そう、変なこと」

「そんなの考えて」

「例えばー、俺がお前を義理で拾ってくれただけとかー」

 言い当てられ、肩がピクリと動く。

「いつかはきっと嫌になって自分を離すに違いないとかー

 だから今を『当り前』と享受して、慣れてしまうのが怖いだとかー」

 考えていたことを全部言い当てられ、湊は固く拳を握り締めた。「違う」と今更言ったところで、嘘だと見抜かれてしまうのだろう。

 黙り込んでしまった湊を、片桐は優しく抱きしめた。

 そのぬくもりさえ、いつかは失うのだろうか。

「なぁんで信じてくれねぇかなぁ」

 そう言って、片桐は苦笑したようだった。湊の頭に軽くキスを落とし、独り言のように彼は続ける。

「捨てる気ならそもそも拾ってねぇし、飽きるって分かってんなら引き取らねぇし、こんな平和を享受していいんだよ。お前はもう自由なんだ。……まぁ、お前の頭は億では足りない、なんて噂が出回っているくらいだから多少の事件には目を瞑ってほしいが、俺が絶対守ってみせる。

 いいんだよ、お前はもう青空の下で笑っていいんだ。今は怖いかもしれねぇが、俺がそんなの思わないくらい色々やってやるよ。キャッチボールだって、海だって、遊園地だって、お前はもう好きに行っていいんだ。休みの日は俺のことを『邪魔』って言って起こしてくれるんだろ? そう言ってたじゃねぇか。楽しみにしてたんだぜ? 約束を破るのはよくねぇな」

 片桐の声は、楽しげだが震えていた。湊も固く握っていた手をほどいて、片桐の背を抱いた。徐々に力が入って片桐のシャツにしわを作るが、それも気にならないくらい、二人とも、涙を零さないまま泣いた。

 怖いと思っていいと片桐は言った。それ以上に楽しいことを教えてくれると。

「約束だよ、渉さん」

 震えた声でそう言えば、片桐は小さく笑ったようだった。

「ああ、約束だ。俺の信条にかけてな」

 片桐の信条にかけて。なら安心だ。彼は簡単に信条を口にしない。その代わり、言ってくれた時は必ずそれを守ってくれるのだ。

 なら、安心だ。

 片桐の肩に頬を寄せ、湊は小さく笑った。

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