中学
新生活
~1~
片桐の養子になるにあたり、湊がまず提案したのは居住の変更だった。
今の片桐の部屋で二人暮らしをするには、少々手狭だからだ。
「それに」と湊は続ける。
「今の部屋じゃPCが置けない」
「お前、メインそっちだろ」と呆れ顔で言えば、「当然じゃない?」とまた平然とした返事があり、片桐は小さく肩を落とした。
あの事件は終わった。湊が『ミョルニルを返す』理由も、もう無いはずだ。けれど、湊は電子の海に飛び込むことをやめない。それどころか、誰のPCをハッキングしているのか(十中八九自分だろう)、捜査のことにまで首を突っ込み始めている。いっそのこと、引っ越しを機にPCを取り上げようかとも考えたが、止めた。無駄だからだ。電脳世界のカミサマは、どこからでも、どんな手段を使おうと、スルリとその世界に入り込む。なら、せめて自分の目の届くところで動いてくれた方がまだマシだ。そう思えば、PCを自室に持ち込むと言われたときも頷くしかなかった。
新しい部屋は、警視庁には内緒の真新しいマンションだった。「郵便物の転送って便利だよね」と笑う湊に、「違う。そうではない」と言うツッコミを飲み込む。この少年は、とにかくゴーイングマイウェイだ。言うだけ無駄だと痛いほど知っている。
引っ越してまず湊が行ったのは、部屋の各角に、何やら機械を取り付ける作業だった。何をしているのかさっぱりわからないし、説明されてもきっと分からないだろうが、一応声をかける。
「何やってんだ?」
「ココの情報が外に漏れないように、対外向けジャマー張ってる」
ほら見ろ。案の定分からない。
余程情けない顔をしていたのか、湊は小さくため息をついた後作業の手を止め片桐に向き直った。
「ボクがやってること、知ってるよね?」
「おう」
「それの発信源がバレると困るわけだ。
ここまで分かる?」
「おう」
「だから、外からこの部屋の中が見えなくなるように、罠張ってるの。分かった?」
「ああ、なるほど」
ようやく合点が入ったのか、片桐は何度か頷いた。それを呆れたようにため息をついた後、湊はまた作業を再開する。
それが終わったと思ったら、今度は自室に籠って何かを行い始めた。
借りた部屋は二人で暮らすにはやや広い二DKだ。六畳の洋室と、八畳の洋室。そして、大きい方の部屋を何故か湊に取られてしまった。まぁ、元々六畳一間の部屋に住んでいたわけだから、特に文句もない。湊が何をしているのかは気になったが、自分の荷ほどきも残っている。そちらにばかり気を取られてもいられない。
ガサゴソと自分の荷物を真新しい部屋に入れていると、布団の代わりにベッドが置いてあった。真新しいそれはどう考えても湊が手配したもので、手際の良さに軽く口笛を吹く。確かに、片桐が持ってきたのは年季の入った煎餅布団だ。それと比べればフカフカのベッドのなんと魅惑的なことか。しかも、置いてあるのが南向きの窓と言うところが憎い。角部屋を選んだのはこのためだろう。そう思ってしまえば、こそばゆい気持ちになる。湊の辛辣な言葉を許容してしまうのは、こういう無言のデレがあるからだ。
ドアから見て左手には作業デスクとこれまた真新しいデスクPCが置いてあった。PCはおそらく湊の手が加わっているだろうが、この際それは些事だ。
「あー……もう……」
片手で顔を覆い、天井を振り仰ぐ。これは、自分の持ってきた荷物の中で本当に必要なのは洋服くらいじゃないか。
洋服をクローゼットにしまってしまえば、あとは配置された家電のチェックくらいだ。それでも、それが終わるころには外は暗くなっていた。夕飯……としばし考え、近所にスーパーがあることを思い出す。そこの惣菜コーナーで適当に弁当なりなんなりを買えばいいか。
そう思い、長財布をジーンズの尻ポケットに入れる。
湊は部屋に籠りっきりだったのでドアをノックしようとしたら、肩を回しながら湊が中から出てきた。
「? 何、オジサン?」
部屋の前でノックの体勢のまま固まっている片桐を見上げ、湊は首を傾げる。
「お、おう。部屋の整理は終わったのか?」
体裁が悪く、ノックしようとしていた手で頬を掻きながらそう問えば、「八割方ね」とそっけない言葉が返ってきた。そして、片桐のジーンズに入った長財布を見、キョトンと片桐を見た。
「買い物?」
「おう。夕飯の弁当買いにスーパーまでな」
「そう。行ってらっしゃい」
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