16話:身近な応募者と、身の危険⑧




悪乗りした母さん達からやっと、解放されて一息ついていると更紗ちゃんが周囲を少しだけ気にしながら、僕の方へとよってきた。


「ねぇ、ツムぎんなんでしょう。ユイって向かいのお店の名前を見て思いついた名前でしょう。綿の目は誤魔化せない? 細かい仕草がツムぎんだもんね。知ってる、個人の日頃から身に付いちゃってる細かな癖ってね、マネなんて出来ないの。本人だって気付いてない事もザラにあるんだから、人を騙そうとするなら、そこから修正しないと誤魔化せないよ」


 耳元で囁かれる声には、何故か妙な熱が籠っていて、さっきから吐息が擽ったい。


「ほらまた、その擽ったい時に見せる身のよじり方と、擽られた場所からちょっとズレた位置を摩って誤魔化してる。ふふ、なんで女の子になってるのか、知りたいな?」


 更紗ちゃんは目を細めて妖艶に微笑みながら囁き続けて、僕の事を逃がさない様に手だけは力強く握られている。


 とにかく、何とか離れようと体を動かすけれど、手だけは絶対に離してくれない。


「そ、そんな、えっと。きっと更紗ちゃんの気のせいだよ。僕は知らないな紬なんて」

「目が泳いでる?」


 ピッと僕の顔を指差して、すぐに指摘してくる。

 普段は見せないような微笑みを浮かべながら、熱のこもった視線でずっと僕を見てくる。


「でも確かに性別が違う? ツムぎんは理想に近い男の子だった。でも、今は理想以上の女の子? 不思議、何かあるんだよね? なにか、あったんだよね。どっちが本物?」


 迫り方が尋常じゃない。ねっとりと蛇かタコみたいに絡みついてきて、決して離れてはくれない様だ。何とか助けを求めようとカミの方を見る。


 こっちをチラッと見てくれたので、必死になって手を振って見る。


「お姉様~、仲良くしましょう?」


 更紗ちゃんがワザとらし声を上げて、カミの方に手を振って返す。


「本当の事は言ってくれないんですね」

「何を言うのか僕にはさっぱり分からないから」


「さっきから自分の事を『僕』って言ってますよ。まぁ、今は良い、秘密でも? でもね、そういう感じで秘密にされちゃうと、暴きたくなるの人間の悪い所だと思う?」


 動揺していて今更取り繕うっていう方が難しい。こっちは何とか逃げ道がないかを必死に模索している最中なんだから。


「悪い事なら止めた方が良いと思うな」


 纏わりつかれてからと変な汗しか出てこない。これならば、さっきまで行われていた着せ替え人形の方がまだマシだった気がする。


「つれないなぁ~。私とツムぎんの仲なのに……もっと気になっちゃう」

「これこれ、あんまり我の従者を虐めるでない」


 やっと救いが来た。ちょっと頼りないけど今は居ないよりもマシだろう。


「……戻るかのう」


「悪かった、今は助けて下さい。というか、心を読まないでください」


「そこまでの力はない。お主が顔に出過ぎるのが悪いのだぞ」

「えっ⁉ 僕ってそんなに分かり易いの⁉」

「可愛らしいから良いがのう、ちょっと心配になるレベルで分かり易いのう」

「うん、ババ抜きなんかしたら絶対に勝てる自信しかないよ?」


 初めて知った……というか、そこまで分かり易いってことはさっきから必死になって隠そうとしている事は無駄だったということじゃ。


「まぁ仕方ないのう。詳しいことを知りたければ……何であったかのう、主は携帯というモノも持っておるかのう?」


「え、持ってないの⁉ 今時珍しいね」


「まぁ色々とあるのじゃ、良いからそれでフラグラインとかいうサイトを調べて、今やっているバーチャルライバー? だったかのう、そこに受かれば知りたい秘密も知れるぞ」


 カミに説明されたが、片手でパパっと調べ始めた。

 片手で扱っているのに、器用に親指だけで検索までいってしまった。

 その間に少し力を込めて逃げ出そうとしたけれど、更紗ちゃんの手枷は全く外れない。


「なるほど、聞き覚えのあるサイト……ふふ、受かれば知れるの?」


「うむ、知れるぞ。我が名に懸けても良いぞ」


 なんか知らないけど、カミと更紗ちゃんの間で火花でも散ってそうな感じの構図だ。

 ようやく掴まれた手が緩んで、すぐにカミの後ろに隠れてしまう。

 身長的には僕の方が高いから、隠れられてはいないんだけど。


「待っててね、必ず手に入れてみせるから」


「そう易々とはやれぬのう。こ奴は今の所は我のもんじゃ」


 カミが勝ち誇ったように言うと、更紗ちゃんは少しだけ殺気の混じった嫉妬交じりの目でカミを悔しそうに睨む。


「誰のモノでもありませんからね⁉」

「今までは、のう」


 相変わらず、調子に乗って更紗ちゃんに向かって挑発するような笑みを向ける。


「今は、ですね? 今回は退くけど、次は負けない?」


 その挑発を真っ正面から受け止めて、さっきよりも明確な敵としてカミの方を見ながら目の笑っていない最高の笑顔で返した。


 僕の声は二人に届いていないみたいで、絶対に僕をどちらかの所有物にしたいらしい。


「お~い、もう帰るぞ~」


「あら、随分と楽しそうな事になってるのね。後でお母さんにも詳しく聞かせてね」


 この雰囲気を楽しめる母さんも可笑しな人だよね。いいから助けてよこの雰囲気から。




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