11話:身近な応募者と、身の危険③




「ただい…………、やっぱまっ――」


 お腹を空かせて帰ってきた早々に、もっと時間を潰してから帰ってくればよかった。

 逃げようとしたけれど、一足遅かった。

 無駄に身体能力の高い母親がこういう時に憎らしい。


 普段は自室に籠りっきりだったり、お仕事の都合で家から殆ど出る事がない癖して。体を動かす事は大好きなんだもんなぁ。


 襟首を掴まれ、問答無用で母さんの作業部屋へと引きずり込まれてしまった。


「丁度良く帰って来てくれたわね。悪いんだけど、お着換えしましょうね~」

「なにが悪いんだけどだよ! その手に持ってるのは何だよ⁉」

「なにって、ちょっとした衣装よ? 見て分かるでしょう」


 そりゃあ見れば一発で分かるけど、母さんの手元にある者は僕が着るには可愛すぎる衣装だし、下はズボンじゃあなくってスカートである。


「女物だろうが!」


 しかも、フワッとし感じのコスプレイヤーさんが着るような衣装だし。


「もう、一々うるさい子ね~。へい、カミちゃん」


 居ないと思っていたら、気配を消して僕の背後へと回り込んでいたらしい。


「ちょ! 放せコラっ!」

「悪いのう、母上のお願いを叶えればデザートが一つ追加されるいうのでな」

「そのデザートを作ってるのは僕のんだけどさ」

「材料費は母上殿だぞ?」


 それを言われてしまったら僕は何も言い返せないんですけど。


 言い負かされて、何にも言えなくなってしまった僕を見て更に得意げになっていく。


「という訳で、母上殿のお手伝いをするぞ」

「着替えるのが手伝いなの?」


 仕方なく、抵抗を止めてされるがままに着替えさせられていく。


「ほれ、そんな死んだ魚のような目をするでない。可愛らしく笑わぬか」

「笑えない、なんでこんなに似合う見ながら笑顔でいられる訳がないだろう」

「これ泣くな、化粧が落ちるであろうが」

「何時の間にお化粧の仕方を覚えたんだよ⁉」

「お主が学び舎に行っている間に、母上殿に教えて貰ったのだぞ」


 カミは物凄く嬉しそうに自身の顔を見せてくる。


 普段の言動を見ていると、ガサツさが目立つのにしっかりと女の子なんだな。


「随分と綺麗になったね」

「えへへ~、そうであろう」


 僕に褒められて凄く嬉しそうに破顔した笑みになっていった。


「それで母さん、こんな格好にして何がしたいのさ」


「あともうちょっとなのよ、殆ど完成に近いインスピレーションは浮かんでるんだけどね。何と言うか、肝心の部分が決まらないっていうか、何かが足りない気がして~」


 そう言いながら、母さんは楽しそうに僕の女装姿を激者していく。

 所々でポーズの要求をされては、仕方なしにポーズを決めてみる。


「なんじゃ、案外とノリノリではないか」

「母さんの仕事だし、仕方なくだよ」


 それに、僕の事も含まれてるんだろうしね。バーチャルライバーのガワを作っているというのなら、協力しないとダメだろう。


「母上殿よ、もういっそのこと三種類を作ってしまえば良いのではないか?」


 カミは迷っているなら、いっそのこと全部作ってしまえと言いたいらしい。


「なるほど、そうね。確かに元々の設定ではどうせ差分を作らないとダメなんだし、いっそのこと三種類の姿を作っちゃえば良いのよね。下手に一枚に纏めようとするから変な感じになるのよ。他の子達も其々にちょっと違う感じの差分を用意すれば良いのよね」


 今まで考えていた事が片付いたらいく、妙にスッキリした顔で仕事机に向かって行った。


「はぁ、こうなったらしばらくは集中しちゃうから、後は大人しく出て行こうか」

「うむ、そうであるな」


 母さんの邪魔にならない様に、静かに部屋から出ていく事にした。


 カミは既に何枚かの候補に上がっている絵を見ているのか、僕の事をニヤニヤしながら見つめてくる。


「紬のきゃらとやらは、物凄く可愛い子達ばかりであったぞ」


「先に見て良いのかよ、ズルくないか?」

「安心せい、我も自分のきゃらくたーとやらは見せてもらえなんだ」


「父上殿の方も準備とか言うて、急に忙しそうにしておったからのう。なんでも、我のきゃらとやらが出来て、後は動かせるようにするだけだと息巻いておったぞ。このままの勢いでいけば、明日にでも完成するとのことだ」


 それは喜ばしい事なのかな。


 覚悟自体は、もう諦めとしてついているけどね、心の整理というか、何と言うんだろうな。


 いざ出来てしまうと、それはもう始まってしまうということだ。


 期待やら、不安やらの感じようがごちゃ混ぜ過ぎて、何とも形容しがたい感情になってしまっていて、上手く言葉に出来ない自分が居る。


「完成したら、カミと一緒に配信するのかな?」


「さぁのう。我はその辺の事がサッパリ分からなんからなぁ。紬に助けて貰わねば、最初は難しと思うのじゃ。だから、不安も期待も一緒の気持ちではあると思うておるんだが?」


「なんだよ、その笑みはよ」


「なぁ~に、一人では怖くとも二人居れば、どうとでもなるであろう。失敗したら一蓮托生じゃ。共に楽しく、全力で遊び尽くせばよいのではないかな」


「こういう時に、その年上っぽく振る舞うなよな」


 下手な励ましよりも勇気が湧いてくる感じで、なんか癪に障るんだよな。

 カミに良い様に手のひらの上で踊らされてるみたいで。

 こういう時は、僕の方がリードして、カッコイイ所を見せて見返してやりたいのにな。


 はぁ、ちょっと悔しいな~。男としての威厳が全く無くなっていく。


 むしろカミの方がちょっとカッコイイのが許せん。




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