9.茶屋の一幕 壱
その頃、篝と寅丸は。
「あー、茶がうめえなあ」
朱雀大路の団子屋で、呑気に茶をしばいていた。
店頭に置かれた長椅子に腰掛け、人でごった返した大通りを眺めながら、団子を摘まんでお茶をすする。
端的に言って極楽気分だった。
「もぐもぐ……でも、いいのかな……もぐ……こんなことしてて……んぐっ」
寛ぎきった様子の篝とは違い、寅丸は不安げだった。
これは世にいう「さぼり」なのではないか。そうした疑念と罪悪感からか、寅丸の表情はどことなく暗かった。
「なに言ってんだよ。腹減ってたら、荒事になったとき力が出ねえだろ。いざというという時に向けた準備、これも立派な衛士の仕事だ」
自信満々に言い切る篝。尋常ではない神経の太さであった。
しかし、ふと、その視線が傍らに座る寅丸のほうに向けられたとき。わずかにその目が泳いだ。
「けど、あれだな……寅丸、おまえ、けっこう腹減ってたんだな」
「もぐもぐ……ん?」
篝の隣で長椅子に腰掛けた寅丸の、さらに向こう側。長椅子の端には、寅丸が平らげた団子の空皿がうず高く積みあがっていた。
自身の身長を優に超えるほどの残骸を築き上げた張本人はといえば、篝の言葉に不思議そうに首を傾げていた。
「そうでもないですよ。朝も班長さんにまかないを分けてもらいましたし。でもこのお団子、すごく美味しいですね。なんだかいくらでも食べられそうです」
言って、また新たな団子がその口に消えていった。
もきゅもきゅと、噛み締めるように団子を味わった寅丸は、幸せそうに頬を綻ばせる。
「うん、やっぱり美味しい! ありがとう、篝君。こんな素敵なお店を紹介してくれて」
布の端から覗く寅丸の表情は、心の底から幸福そうだった。
「……そうだな。気に入ってくれてよかったよ」
一方で、篝の内心は穏やかではなかった。
『さーて、久々に下界に降りたんだ。ここはひとつ食べ道楽としゃれこみますか』
『え、でも……天照様からの命令が』
『いいんだって。俺の奢りだ、じゃんじゃん食えよー』
ほんの一刻前の会話である。
その場の勢いで口にした約束を、篝は今真剣に悔いていた。
別に特等衛士の稼ぎが少ないわけではない。ただ、法外な給金が支給されているわけでもない。あくまで最高位の衛士として示しがつく程度の、相応の額だ。
しかし恐ろしいことに、この団子屋は四軒目である。一軒目の蕎麦屋、二軒目の定食屋、三軒目の寿司屋に続いて、ほんの一服のつもりで立ち寄った小さなお茶屋。
いい加減満腹だった篝としては、本当に休憩のつもりだったのだ。しかし結果は御覧の通りであり、底なしの胃袋を持つ寅丸の勢いはとどまるところを知らなかった。
実家が貴族な一成・國光とは違い、決して温かくはない篝の財布。懐にしまったそれが徐々に冷たくなるのを、ひしひしと感じていた。
「はあ、美味しい……」
けれど、団子を食べる寅丸は幸せそうだった。
大食漢でありながら、美味しいものを食べた経験が乏しい少年は、初めて味わう甘味に心から感動していた。
しかし、このままでは当分食卓にたくあん以外並ばなくなる。
財布か、友の笑顔か。迷った末に篝は、
「ああ、ゆっくり食えよ……好きなだけな」
友のために己の財布を捨てた。
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