日輪は巡り、月影は詠う

瑞木千鶴

1.近衛一成

「天勅っ! 天勅である!」 

「…………おや?」


 文机に向かって書き物をしていた近衛一成は、不意に響いたその声に、思わず手を止めた。


 天勅——それは、この国を治める「神様」からの、直々の指令である。


 筆を置き、ゆったりと腰を上げた一成は、おもむろに障子に手をかけ、縁側へと顔を出した。途端に目に飛び込んでくる朝の陽光。わずかに眩む視界の隅で、こちらへ飛んでくる小さな影を捉えた。


 一成が右腕を掲げると、影は狙いすましたように、その腕へと降り立つ。

 影の正体は、一羽のカラス。羽根は白く、足は三本。《八咫烏》と呼ばれるそのカラスは、神々の使いとして知られる霊鳥だ。


 二本の足で一成の腕に乗る八咫烏の、残った一本の足には、手紙らしき紙が巻き付けてある。一成が左手で手紙を解くと、八咫烏はすぐに腕から地面へと降り立つ。邪魔にならぬよう控える八咫烏に見守られながら、一成はおもむろにその手紙を開いた。


『天勅である。「近衛一成」特等衛士、「土御門國光」特等衛士、「百目鬼虎丸」特等衛士、「葦月篝」特等衛士。以上四名は、至急拝神殿へと参上されたし』


「神様」からの直々の招集。それも、ここ《白光宮》に四人しかいない特等衛士全員を一度に呼び集めるとは、只事ではない。簡潔な招集指令に、一成はわずかに眉を顰める。


 しかし、それも一瞬のこと。再び柔和な笑みを浮かべた一成は、丁寧に手紙を折りたたむと、再び八咫烏の足に結び付ける。


「天勅、確かに承った。神様にもそう伝えてほしい……君も、いつもありがとうね」


 おもむろに懐から小袋を取り出した一成は、中身を一粒つまみ、八咫烏に差し出した。

 小袋の中身は、金平糖。前回、下界に降りた際に購入した菓子であり、宮内で暮らす子どもたちに配った余りが、まだ残っていたのだ。


 ささやかな労いの気持ち。目の前に転がった小さな砂糖菓子を、八咫烏は器用にぱくりと飲み込んだ。そして最後に一つ高々と鳴くと、純白の翼を羽ばたかせ、朝空の向こうへと飛び立っていった。


「さて……この手紙が僕のところに来たってことは、僕に彼らを探して来いってことなのかな……」


 一成の他、三人の特等衛士。白光宮を守る衛士のなかでも最上級の位を与えられるだけあって、三人とも素晴らしい力量の持ち主だ。それは間違いない。

 ただ何と言うべきか……そこはかとなく扱い難い者ばかり揃ってしまったのも、また事実であった。


 そもそも今どこで何をしているのか。宮内にいることは確かだが、少なくとも自分に与えられた屋敷で大人しくしているということはないだろう。天勅を下した「神様」も、正直一々探すのが面倒で、まとめて一成に押し付けたといったところだろうか。


 溜息を吐きたくなるのを堪え、一成は他三人の行きそうなところに考えを巡らせた。

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