第9話 春告げ鳥は生命《いのち》を謳う①

******


「まずは眷属討伐および民の避難、ご苦労であったの。……早速だが本題に入る。〈島喰い〉本体が移動を開始した」

「……⁉ いや、それ、本当に唐突すぎるんじゃない?」

 テトは顔を顰めて「はあ?」という顔をするが、『春告げ鳥』はそれが気に入ったらしい。

 籠の中、腕を組んでコロコロと笑った。

「……すまぬな、妾も少しぐらい和ませようと思うたが――奴め、短期決戦に出たようだ。……そこで問う。勝者になった場合の望みはなんだ?」

「望み?」

 反芻するロアにコクリと頷いた『春告げ鳥』は踵を返してソファに戻ると深々と腰を落ち着ける。

「リーヴァの解放は望まなくとも叶う。それ以外、いったいなにを望むのかが知りたい」

 彼女は赤みの残る左手首を右手の指先でゆるりとなぞる。

 それを見たレントがギュッと唇を噛んだのを、十年前とは違って最年長となった騎士団長ガロンは見逃さなかった。

「……レント。お前、『春告げ鳥』になにをした」

 問い掛ける渋い声には淡々とした冷静さが籠もっている。

 叱るでもなく、責めるでもない。

 レントは整った中性的な顔をばつが悪そうに顰めて首を振った。

「――別に悪いことはなにもしていません。ただ……彼女が〈島喰い〉と同等の存在であるなら容赦しないと釘を刺した程度ですよ。喰われるなんて御免ですから」

「え? 〈島喰い〉と同等ってどういうことさ? ……確かに魔力は相当だけど」

 食い付いたのはテトだ。

 彼は金色の髪を揺らして首を傾げると『春告げ鳥』をまじまじと見詰めた。

 幼げな容姿に似合う仕草である。

 すると『春告げ鳥』は含みのある笑みを以て言葉を紡いだ。

「ふ。〈闘騎士団〉団長はどうも妾が気に入らぬようだの。まあ――たゆたう魔素を取り込み成長するという点では確かに妾と〈島喰い〉は近しい存在とも言える。けれど妾はもっと上位の存在。……ゆえに、あらゆることを知り得ておるのだ。確たる望みがないのならばこの『お告げ』の勝者には〈闘騎士団〉団長レントが望む世界のことわりを示してやろうと考えておるが……ロア、お前はその報酬をどう思うかの?」

 唐突に話題を振られたロアは耳をビッと立てると……頬を掻いて唸った。

「……うーん。俺はリーヴァをそこから出してあげるつもりだったから……世界がどうこうとかはあんまり……。だから皆の望みに任せるよ。あ、でも南十字サウスクロストの民が安心して暮らせて飢えないだけの環境はほしいかな……」

「……君さ……もう少し欲があってもいいんじゃないの……?」

 呆れた声で返したテトは、しかしそこでふと考え込んだ。

「――リーヴァが解放されること、それは望むところだからいいとして。僕はもっとすごい魔法を作りたいんだよね。だから魔素がもっと増えればいいって思っているし……その鳥籠を巡る濃い魔力もすごく気になってる。世界の理とやらがわかればそれも得られるかな?」

「ふむ。それも叶うであろうの。先に話したとおり〈島喰い〉が倒されれば魔素が放出される。それを以てすれば――そうじゃの……〈獣騎士団〉団長ロア、そして〈魔導騎士団〉団長テト、〈闘騎士団〉団長レント。お前たちの誰が勝者になろうともすべて叶うことになろう。思いのほかよい案だの」

「待ってくれ、それだとガロンの望みが入ってない」

 そこでロアが青色の双眸を瞠って首を振ると、『春告げ鳥』はゆっくりと瞬き……長い睫毛が白い頬に影を滑らせた。

「――だそうだが、ガロン。お前はどうじゃの?」

「俺に願う資格はないさ。一度大きな願いを叶えてもらっているからな。――ところで『春告げ鳥』、わざわざこんな話をしてなにを考えている? 〈島喰い〉が動き出したなら時間はないはずだ」

 ガロンが整えられた砂色の顎髭を擦り、そう口にする。

 珍しくどこか焦っているようにも見え、ロアたち三人は目配せを交わした。

 一度負けた相手、焦りたい気持ちはわかるからだ。

「望みが叶うとわかればやる気も出るであろう? 妾なりの鼓舞よの……というのは建前たてまえ。本音を言えば久方振りにやる気になった」

「……やる気?」

 聞き返したのはテトで、レントは腕を組み傍観を決め込んでいる。

「うむ。いいか、妾は本来お前たちに干渉してよい立場にないと話したろう。そのように在らねばならぬからだ。ところが此度の団長たちはそれぞれ妾に関わりにきた。この鳥籠の魔力を聞いた〈魔導騎士団〉団長テト、妾を〈島喰い〉と同等だと言う〈闘騎士団〉団長レント、そして己の心を護るためにやってきた〈獣騎士団〉団長ロア。――さらには十年前、妾に〈島喰い〉を屠れと言った〈鋼騎士団〉団長ガロン。……ならばこの戦いに勝ったそのときは……少しばかり本気を見せてやろうと思ってな。正直なところここまでかと諦め半分であった、その詫びじゃの。――さて、ガロンの言うとおり時間はそうない。此度の〈島喰い〉の話といこう」

『春告げ鳥』はそう言うと目を閉じて「くくっ」と喉を鳴らした。


◇◇◇


〈島喰い〉が封じられていたのは浮島『メディウム』の底だ。

 絡みついた金色の蔦が千切れたとき、空へと放たれた〈島喰い〉は歓喜に震えた。

 その形はなんでもない球体・・・・・・・・であり、ロアたち三人を騎士団長に育て上げたガロンでさえそれがなんなのか・・・・・説明できない。

『化物』――それだけだ。

 そしてそのツルリとした白い球体から分離するように次々と白い花――眷属が生み出され、一気に上空へと飛び立っていく。

 眷属たちは謂わば〈島喰い〉の眼であり耳。

 長く拘束されていたことで南十字サウスクロスト浮島群の情報を再取得する必要があった〈島喰い〉は眷属を通して情報を集め、結果として短期決戦を選択した。

 民の抵抗が激しかったからだ。

 試しにと奇襲をかけてみたが、撃退されてしまったことが大きいだろう。

 狙うのは浮島の『核』であり、そこに住まう民など腹の足しにもならないが――尽く眷属を狩られてしまっては意味がない。

 ただ、核を喰らい尽くしたい。

 ただ、すべてを蹂躙したい。

〈島喰い〉の思惑など誰にも伝わらないだろうが――禍々しさだけは常に溢れて渦巻いていた。

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