第10話 春告げ鳥は生命《いのち》を謳う②


◇◇◇


「球体の中心に核がある――はず、って。……ぱっとしない情報だよね」

 テトは〈島喰い〉の説明を――説明といえるかは微妙なところだが――ガロンから聞いてそうこぼした。

 徹夜明けのレントを僅かな時間でも休ませることにして、ロア、テト、ガロンは中央塔の最上階でどっかりと腰を下ろし作戦を練っている。

 金の鳥籠の中、紅いソファに深々と体を預けて目を閉じている『春告げ鳥』が言うには……〈島喰い〉の動きを把握できる彼女自ら、騎士たちが多少休める時間を稼ぐとのこと。

 渋い顔をしたレントを横目にその方法について尋ねたテトに、彼女は金色の双眸を細めて『それも世界の理のひとつだの』と含みのある笑みで応えた。

 つまり勝たなければ教えてももらえないらしい。

「弾力性のある……いや、どちらかというともう少し柔軟で軟体生物のような感触だ。眷属もそうだが、刃が通らないわけじゃない」

 説明を続けるガロンに、耳をあらゆる方向に動かして警戒しながら、ロアが言った。

「……でも前の騎士団長たちは敵わなかった――なにが原因なんだ?」

「奴は触手のようなものを伸ばして攻撃してくる。絡みつかれると魔力を持っていかれると〈魔導騎士団〉元団長が話していたが……各々が好き勝手に動いていたからな――核に届かなかったんだ。……指揮もバラバラで酷い有様でな。眷属さえ抑えきれず騎士団そのものも壊滅状態だった」

「〈魔導騎士団〉元団長って……リーヴァの母親か……」

 ロアが思わずといった様子で口にすると、テトが頷きで応え続ける。

「――ならまずは眷属を牽制、次に〈島喰い〉の核まで穴を穿って一撃叩き込む。そういうことになるね」

「ああ。テトとレントの攻撃ならば突き通すことも可能かもしれん。同じ箇所を攻める、ここが共闘の見せどころだろう。眷属を牽制してもらうのは各騎士団の騎士たちに任せたい」

 ガロンは無意識に左眼を縦に塞ぐ傷を撫でながら言ってロアを見た。

「ロア」

「うん?」

 尻尾をパタンと振って視線を上げたロアに、彼は渋くていい声を紡ぐ。

「核が見えたら迷わず貫け。俺たちもテトとレントに負けていられない。共闘とはいえ誰が核を狙うのかは決めないでおくほうがいいだろう。――勝機を逃すな」

「――おう!」

「なら核を砕いた者が勝者ってことだね。……それじゃ、僕は騎士団に作戦を伝えてくるよ」

「あ、テト。俺も行くよ。眷属たちもかなりの数が動くだろうから、各騎士団同士も助け合わないとだろ」

 手を突いて立ち上がったテトを見て、ロアがぴょんと跳ね起きる。

 テトはじっとロアの青い瞳を見詰めて肩を竦めた。

「……そうだね。次は誰も待たせたりしないように全騎士団で臨もうか」

「ふ。ありがとな、テトッ!」

「痛ッ⁉」

 ばしんと肩を叩かれたテトが顔を顰めるが……ロアはどうやら気持ちを切り換えることに成功したらしい。

 それを眩しそうに眺めながらガロンは口の端を僅かに持ち上げた。


******


『メディウム』の地下に内包された避難所は天井が高く草原や森、川まで有する地下とは思えない美しい場所だ。

 昼はあらゆるところに生えた金色の蔦が光を放ち、夜はその光が消える代わりにヒカリゴケと呼ばれる苔が淡い緑色に灯る。

 その幻想的な風景は、避難という苦しく不安な状況において人々の心を癒す助けにもなっていた。

「ロア団長――もうよろしいのですか」

 そこに戻ってきたロアを確認したカルトアが白っぽい灰色の髪を弾ませて駆け寄ってくる。

 ロアは犬歯を見せて笑うと大きく頷いた。

「カルトア、心配かけたな――もう大丈夫。俺は戦うって、それだけは決めたから。早速だけど〈島喰い〉が動き出したんだ、騎士たちを集めてくれるか?」

「お待ちしておりました――おかえりなさい我らが団長殿。……ではすぐに招集します」

「カルトア……おう。ただいま、それと――ありがとな」

「礼には及びません」

 微笑むカルトアは長い髪と尾を翻して颯爽と歩み去る。

 まったくもって出来た右腕だ、と、ロアは彼の背に向かって口元を隠す敬礼してみせた。

 その隣でテトは魔導書を開くと右手を上に向け、すっと息を吸う。

「――照らせ……光翼こうよくッ!」

 言葉に乗って生み出された光の玉は高く上がり、はるか頭上でぱつんと弾けたと思うと中から光を纏う鳥が何羽も飛び立つ。

 すると、程なくしてあちこちで同じように光の鳥が舞った。ただしテトは白っぽい光の鳥で、ほかの鳥たちはヒカリゴケのような淡い緑色の光だ。

 ロアは溶け消えていく鳥に視線を移すと感心したように呟く。

「……おお。綺麗だな……なんの鳥?」

「伝達用の魔法だね。〈魔導騎士団〉はこれで招集完了。じきに集まるよ」

「いまので? すごいな!」

 テトはロアが笑うのを見て自分も僅かに頬を緩め、満更でもなさそうに続けた。

「こんなの基本だよロア」

「……ふあ。お待たせしましたロア、テト」

 そこに大きく口を開けて欠伸をこぼしながらレントがやってくる。

 その隣にいるガロンが起こしにいってくれていたのだ。

「レント、少しは休めたのか?」

「少しですが、それでも休まないよりは随分楽になりましたよ」

 問い掛けたロアにレントは苦笑してみせ、あたりをぐるりと見回す。

「ロアもテトも騎士たちに招集をかけ終えたようですね?」

 口振りからするとレントとガロンも騎士団に招集をかけたらしい。

 騎士団長たちは互いに互いが見えるよう円になって頷き合った。

 最初に口を開いたのはガロンだ。

「狙うは核。それを砕いた者が勝者だ。――十年でよくここまで成長してくれた、お前たちに称賛を」

 彼は己の剣を抜き、天に向けた切っ先をくるりと半回転させて下ろすと地面に突く。

「……私はこの世界の理に興味がありますし、本気でいきますよ。せっかくなので当然――核も狙います」

 ふふっと笑ったレントは明るい赤色の髪を右手で掻き上げたあと、胸元で拳を突き合わせて軽く腰を折る。

「ま、有利なのは僕とレントだよね。この状況で負けるのは癪だから僕も核は取りにいくよ?」

 テトはそう言うと持っていた魔導書をパタンと閉じて腰の固定具に戻し、顔を隠すような独特の敬礼をしてみせた。

「――誰が勝っても望みが叶うっていいよな。俺は……誰も死なせたくないから……皆と一緒に戦う。勝とうな」

 ロアは尾を振って耳を立て、犬歯を見せて笑うと……腕で口元を隠す敬礼をして続けた。

「でもレント。『春告げ鳥』と〈島喰い〉がどうとかって……あれは駄目だからな。『春告げ鳥』も一緒に戦ってるんだ、それは間違いないんだから。……同じなんかじゃない。あんな……あんな酷いこと、彼女はしない。そうだろ?」

 レントは〈獣騎士団〉と『シルヴァ』の民が大きな犠牲を払ったことを思い出し……頭を垂れて瞳を伏せる。

「……ろ、ロアにそれを言われると……その、すみませんでした――」

「おう。いいよ、許す! よし、勝ったら『春告げ鳥』のことも教えてもらおうな!」

「……はい」

「ロアにかかれば〈闘騎士団〉団長も形無しだね」

 テトが笑ったので……ガロンは頷きながら三人の顔をそれぞれ見詰めた。

 気負っているわけでもなく、孤高を貫くこともなく。

 それはとてもよい雰囲気で――。

 ――俺だけだな、震えているのは。まったくいいオッサンになってこれとは情けない。

 彼は地面に突いた剣の柄をギュッと握り締め……震える指先を誤魔化した。

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