第7話 春告げ鳥の胸の内③

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「よしっ、これで最後だ!」

 確認できた眷属をすべて倒しきったロアのひと言に〈獣騎士団〉と『シルヴァ』の民から歓声が上がる。

 近くで戦ってくれていた〈闘騎士団〉の騎士たちも安堵の表情を浮かべた。

「……皆、よくやってくれた! あと少しだ。急いで『メディウム』の地下まで――――」

 ロアは犬歯を覗かせて笑い、結んだ灰色の髪を弾ませながら言いかけ――ひゅ、と息を呑む。

 ぞわりと背中が粟立って尾が膨らむような――強烈な戦慄が体を駆け抜けたからだ。

「……な、ん……」

 だ――と。

 その言葉が最後まで紡がれることはなかった。

『ギュルギュル……ッ』

 突然眼下に無数の白い花が咲いて、咲いて――絨毯のように広がっていく。

 ロアはその光景に唇を震わせ、信じられずに首を振った。


「き、きゃあああぁ――ッ」


 誰からともなく悲鳴が発せられ、恐怖が伝染していく。

 天空廊の中腹を過ぎてしばらく進み『メディウム』までもう少し……太陽はまだ登り切っていないが東から注ぐ陽射しは眩しい。

 それを反射させ――天空廊の裏側・・から――凄まじい数の眷属たちが一斉に飛び立った・・・・・・・・のである。

「そ、んな……」

 民の多くは咲き乱れる眷属たちの丁度真上あたりにいて、ロアからは少し離れていた。

 気配を感じることすらできなかった――隠れていたのだ。ロアたちを誘い出し、一気に仕留めるために。

 おそらくはおとりだったのであろう眷属をロアが後方に引き付けたため、騎士たちは後ろ寄りに陣を敷いており前方の護りが薄くなっている。

「――く、総員戦闘態勢! 引き続き戦えッ! ……走れ、できるだけ早く『メディウム』までッ……! 走れェ――ッ!」

 ロアはすぐに我を取り戻して叫び、自身も駆け出す。


 護らなくては。

 護らなくては。

 誰ひとりとして失いたくない。


 ……けれど。

 そう願うロアの前で――舞い上がった白い花が花片を広げて降り注ぐ。


「あ……やめろ……やめろおおぉ――ッ!」


 頭から呑まれた者。

 絶叫が突如途切れて荷物だけが遺された者。

 鮮血が舞い散り、泣き叫ぶ声が轟き、逃げ惑う人々を白い花が次々と喰らう。


「う、あ あ あ ぁ――ッ!」


 己が咆えていることに気付けないほど必死の形相で、ロアは欄干らんかんに飛び乗り前方へと駆け抜けると、群れる白い花へと身を躍らせた。

 踏み付けた花を地面に叩き落とし、外側から核のあたりを何度も突き刺す。

 ロア目がけて新たに突進してきた花を跳び離れて躱し、血塗れた花片を広げた別の一体の中に刃を突き込んで核を破壊する。

 縦横無尽、人と花の間を駆け抜ける灰色の風となって――ロアは戦った。

 彼の伏せられた耳と犬歯が見えるほど食い縛った歯は、その怒りを如実に表していた。


 ……それでも。


「頑張れ、走れッ! 騎士は民を手伝うんだ急げッ! はあっ、は……。この――ッ!」

 避難民を走らせてその背を庇い、自分が囮となってもなお――民たちが、騎士たちが、ひとり、またひとり、犠牲となる。


「はあっ、は、はぁ……ッ! くそおぉ――ッ!」


「ロア団長ッ!」

 そこにカルトアが合流し、ロアの正面から迫る眷属へと強烈な突きを繰り出して核を砕いた。

 彼も体のあちこちがズタズタで満身創痍だ。

 戦闘が続き、怒声が飛び交うなかで――カルトアは続けて声を張り上げた。

「ここは保ちません! 民とともに下がってください! ……ほかの騎士団と連携するのでしょう⁉ 貴方が指揮を執らなくてどうするのです!」

「ッ! カル、トア……」

 ロアは肩で息をしながら額の汗を拭い、歯を食い縛る。

「もう少しで『メディウム』です、ここで倒れてはなりません! こんなときこそ冷静にならずなんとしますか!」

「……、はあ、は……ああ……。わかった――」

 僅かに冷静さを取り戻したロアはまだ数十体が残る眷属たちを見上げ――はっと肩を跳ねさせた。

「……そうだ――テト」

 冷たい青色の双眸を見開くと、彼は懐から水色の宝玉を取り出す。

 それを思い切り地面に叩きつけたとき――正面から眷属が掴みかかってきた。

「……ッ!」

 ロアは横っ跳びに体を投げ出して地面を転がり、追撃に備えて跳ね起きる。

 しかしそこに見えたのは白い花ではなく――突き出された鈍色の両手剣だった。


「あ、あなたが、〈獣騎士団〉団長……ですか……」


 黒髪黒眼、どこか困惑したような表情の青年に……ロアは眉を寄せる。

 鋼の鎧に身を包んだ小柄な青年は……ロアの記憶にはない。

「……はあ、はぁ……ああ。〈獣騎士団〉団長ロア、だ。その鎧と剣――〈鋼騎士団〉か?」

「は、はい。ガロン団長の指示で……僕が、き、来ました」

「ガロンが……! はあ……は。……ああ、助かる。でも……この状況だ。は……君は避難民の護衛、を……はぁー……。えぇと……名前は?」

 懸命に息を整え、くるりと双剣を回して汗を拭うロアに――〈鋼騎士団〉のフルムは双眸を眇めた。

 ここで名を聞く意味がわからなかったからだ。

「――フルム、ですが。……あの。ざ、雑魚相手、ですし。……僕が、出ます」

「……うん?」

「……」

 フルムは聞き返すロアの声をわざと聞き流して踵を返すと、踏み出すたびにガチャリと鎧を鳴らしながら天空廊の中央へと向かう。

 自分は援護に来ただけでロアに指示を仰ぐ必要はないはずだ、と……そう思ったのだ。

 そんななかでカルトアはロアが冷静さを取り戻したことに胸を撫で下ろし、フルムに向けて敬礼した。

「〈鋼騎士団〉の騎士殿、援護に感謝を。……ロア団長、お怪我はありませんか」

「カルトア……ごめん。俺は大丈夫だ。フルムをひとりで残すわけにはいかない。彼と一緒に下がるからお前は――」

 そこに二体の眷属が襲い掛かり、ロアが一体の花片を斬り飛ばす。

 カルトアは槍の柄で白い花を貫くと、白っぽい灰色の髪を掻き上げて頷いた。

「冷静であるなら構いません。私は先に参ります」

「――ごめん。ありがとな」

「これも右腕たる役目かと」

「おう」

 ロアは眉尻を下げたまま口角を引き上げようとして失敗し、頬を引き攣らせたまま「ふーっ」と息を吐く。

 視線を巡らせれば、天空廊の真ん中で剣を構えたフルムの周りに白い花が集まっていくのが見えた。

 気を抜けば眼の奥から涙が溢れ出しそうだ。

 けれどそれに身を任せるのは……いまじゃない。

「無理に笑顔なんて作るものではありませんよ。性格はともかくフルムは頼りになりそうです。ロア団長とふたりなら問題ないでしょう。……だから避難民は任せてください、どうかお気を付けて」

「ああ。頼む。――フルム! 俺と戦いながら退くぞ! ガロンのためにも!」

「…………? が、ガロン団長の、ため、ですか」

「そうだよ、怪我なんかしたらガロンが悲しむ。ひとりじゃないんだ、一緒に戦えってことだろ」

「…………」

 その言葉にフルムは興味がなさそうに視線を外したが、ロアはそんなことを気にするたちではない。

 堂々と彼の隣に歩み寄ると――急激に加速して正面の一体へと躍り掛かった。

「おおぉ――ッ!」

 つらくないわけじゃない、苦しくないわけじゃない、それでも諦めるわけにはいかない。

 ロアを突き動かす感情はぐちゃぐちゃだが、いまは戦うしかないのだ。

 ひとりでも多くを逃がす――ただそのために。

 彼は眷属に双剣を突き込むと灰色の髪を翻して体を捻り、その巨躯をぶん投げた。

「フルムッ! 頼んだッ!」

「……え、は……?」

 フルムは別の一体を相手にしていたが、白い花が飛んでくるのを目の当たりにして反射的に剣を閃かせる。

 眷属の後ろから突き通された切っ先は核を捉え、白い花はロアの狙い通りに霧散した。

「次いくぞ!」

「ち、ちょっと……」

 その間にフルムの隣へと戻っていたロアは彼が相手にしていた眷属へと飛び掛かり、踏み付けた勢いで石床に叩きつけると視線だけで「やれ」と合図する。

「……あの、邪魔……しないでくれます……か」

 フルムは仕方なくその花に切っ先を突き込みながら眉間に皺を寄せて言った――が。

「こっちだ! フルム、早く!」

「…………」

 ロアは次の一体へと駆け出しており、その向こうには『メディウム』が聳えている。

 退こうとしているのだ。

 無視しようかとも思ったが――ガロンの顔が脳裏を過ったために、フルムはしぶしぶ従うことにした。


 ……そのときだ。


『――踊れ……炎槍えんそうッ!』

 声が……聞こえた。

 ロアはぴくりとそちらに耳を向け、頭上に次々と生み出される炎の槍を見上げて――走りながらギュッと唇を噛む。


 ――来てくれた。


 鼻の奥がつんと痛み、じわりと視界が歪んでいく。

 広がる惨状に己の不甲斐なさが込み上げてくる。

「お待たせロア――遅くなってごめん」

 眼前で腕を伸ばし構えているのは――テト率いる〈魔導騎士団〉だった。

「〈獣騎士団〉を援護しますぞ!」

 さらに簡易的な紅い鎧を纏った騎士たちが〈魔導騎士団〉の向こうからなだれ込んでくる。

 先頭で指揮を執るのはレントではなく壮年の男性のようだが、レントが送ってくれたのだろうと判断したロアは足を止めて振り返った。

「フルム、ここで皆と共闘する。いけるか?」

 泣いている場合じゃないのはわかっている。

 いまだ残る眷属は十数体――これだけの騎士が集まればきっと倒せるずだ。

「……僕は、ひ、ひとりでも……」

「ありがとな。よろしくフルム」

「……き、聞いてます……か」

 ロアはその言葉を無視して――代わりに双剣をくるりと回してみせた。

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