第6話 春告げ鳥の胸の内②
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「――十年前よりも弱っているかと期待したが……さて」
ガロンはそう吐き捨てると迫り来る眷属に盾を叩き込み、怯んだところを斬り裂いた。
刎ね飛んだ花片の先端は霧散するが、根元はむくむくと膨らんで新たな先端を形成していく。
〈島喰い〉とその眷属の動力源はたゆたう魔素であり、核は魔素の収集と運用を任されている
その核を破壊しなければ何度でも再生するのだからたまらない。
ガロンは部隊の騎士に核を狙うよう指示を出しながら、自身の盾を構え直した。
……見上げた先には〈鋼騎士団〉の詰め所である巨大な金字塔が砂の海に突き立っており、避難民を中へ逃がしてからしばらく経っている。
突如襲い掛かってきた眷属にガロンの部隊が盾として残ったためだ。
「ガロン団長、め、『メディウム』付近にもう一体、か、確認しました」
そこにやってきたのは黒髪黒眼の小柄な青年フルム。
ガロンの補佐をする彼は垂れ目に下がり眉でいつも困ったような表情をしているが、その見た目とは裏腹に実力は高い。
そして高いが故に――少し心配なところがある。
ガロンは眷属から目を離さず、剣を構えたままフルムに問い掛けた。
「こいつを屠ったら向かう。避難民の状況は」
「き、金字塔中腹まで、す……進んでいます」
「ふむ……もう少し急がせたいところだな――」
「あ……では、僕がこいつを相手します……だ、団長が相手するほどじゃ、ないと思いますし……だから、先に……」
自信がなさそうな声音とは真逆。
こと戦闘になると彼は特出しがちで、単独行動に出てしまうことが多々あるのだ。
実際、いまも彼の部隊として任せているはずの騎士たちが見当たらない。
ガロンはその言葉に首を振った。
……十年前、齢三十三であったガロンは自身の強さを武器にしており、共闘など考えたこともない独りよがりな騎士団長であった。
四人の騎士団長のなかでは最年少だったのも、彼が自分の力を過信する後押しとなっていただろう。
『一番若いのだから――お前が走れ。〈鋼騎士団〉団長ガロン』
『春告げ鳥ならなんとかできるはずよ。ただで喰われてなるものですか……お願いね』
『最期くらい共闘も悪くないだろ、なあ、ガロン。一番苦しい役を背負わせてすまない。でも、どうか――この浮島群を頼む』
ほかの騎士団長たちはそう言ってガロンに背を向けた。
屈辱的で、絶望的で、ガロンの自信などとうに折れて砕け散っていたというのに。
……だから。
ほかの騎士団との交流はあれど、連携などという言葉は
若い世代を次の騎士団長にすべく育てたのも、己のように頭が凝り固まる前に共に戦う意義を教えるためだった。
そしてフルムを次代の〈鋼騎士団長〉にと……そう考えてもいる。
彼はまだ十八歳で、ロア、テト、レントと同年代だ。
なにより、その才能には目を瞠るものがある。
「フルム。お前が強いのはわかっている――が、こんなオッサンになるんじゃないと何度も言っているだろう。……お前の部隊はどうした?」
刹那。
話し込む彼らに眷属が躍り掛かる。
いつかテトに『不意を突くなら会話中にしろ』と言ったのを思い出しながら、ガロンは剣を突き出した。
一撃ではなく、二撃、三撃。
右から振り下ろし、体の左で返した切っ先を突き出し――眷属が空を滑るように退いたところに距離を詰めて。
そして狙い澄ました突きで、ガロンの腕が伸びきる。
『ギュルルッ!』
好機とみたのであろう眷属は花片を大きく開いてガロンに掴みかかるが――。
「――ほら。わざとなのに……か、簡単に釣り出されて。やっぱり……雑魚です」
フルムがふわりと――重さを感じさせない洗練された動きで両手剣を突き出す。
その切っ先は寸分違わず花片のつけ根へと吸い込まれ、奥にある核が砕け散った。
「ぼ、僕の部隊は避難民の護衛に……充てました。だ、団長への伝令は僕ひとり、で、十分です……その、邪魔です……から」
剣を構えていたガロンの部隊がフルムの言葉にさわり、と震える。
ガロンはため息をこぼすと剣を収め、左眼を塞ぐ傷をなぞった。
「――フルム。お前は〈獣騎士団〉の援護に出てもらいたい。護りが手薄なようだからな」
「……え? じ、〈獣騎士団〉……ですか?」
「そうだ」
――凝り固まった俺に似たのだとすれば……ロアがそれを打ち砕いてくれるだろう。俺が……あいつの父親からそうしてもらったように。
ガロンはそう願って『すぐにいけ』と指示を出し、フルムの鈍色の
「俺たちは『メディウム』付近の眷属討伐に向かうぞ、さあ、急げ」
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「――踊れ……
「射貫け――
「なら合わせるのが君の仕事でしょエルドラ! 次いくよ!」
〈魔導騎士団〉も浮島『クリスタルム』と『メディウム』を繋ぐ天空廊で眷属と接敵。
すぐに戦闘に移っていた。
数は三体、それほど多くない。
撃ち出される魔法の数々に眷属が攻め
「まさか避難しながら戦うことになるとは思いませんでしたねぇー」
赤茶色の髪と眼を持つ副団長エルドラは灰色ローブを翻して次の魔法を練り上げた。
「それだけ『春告げ鳥』に余裕がなかったんでしょ。普段『メディウム』に入れるのは僕たち騎士団長だけだしね。話は途中になっちゃったけど彼女にはまだまだ聞きたいことがあるから、さっさと済ませるよ。射貫け――
「っとー、だから早いんですってー。踊れ……
実はこのエルドラ、自分のほうがテトより強いのではと豪語して打ち負かされた過去がある。
殺伐とした鋭い顔付きのわりに飄々とした性格で間延びした話し方をするほか、騎士や民からの信頼はどういうわけか厚い人物だ。
対してテトはその幼く見える容姿と言いたいことをずばずば口にする性格、そして天才肌であるがゆえに疎まれることが多かった。
その結果……だろうか。テトに負けてからというもの、エルドラは緩衝材としての役割に落ち着いていたりする。
「中心の核ごとすり潰すような魔法がほしいよね」
「そんな魔法あったら俺たち〈魔導騎士団〉が最強ですねぇー」
「なくても最強に決まっているでしょ。――ところでエルドラ。あの花片を閉じさせないようにしたら核を射抜けるよね?」
「ええ? ……まあ、開いたまま動かないでくれるなら、そりゃーやれますけどー」
テトはエルドラの返事に幼い容姿に似合わぬ悪そうな笑みで唇を歪め、右手を広げて眷属へと突き出した。
「それじゃあ援護はよろしく。――絡み付け――
その魔法は魔導書に記載のないもので、エルドラが苦い表情になる。
魔法で生み出され、かつ編み込まれた石の
テトは新しい魔法を生み出すことに長けており、いざ誰かが真似をしようにも魔力の消耗が大きすぎて扱えないことも多い。
エルドラは石蔓を見詰めてため息をついた。
あれは細かな調整が面倒臭そうだ、自分は使えない――と判断したからだ。
眷属の中央で煌めく核は拳程度の大きさしかなく、魔法で狙い撃つには小さいけれど――石蔓を調整するよりは容易いだろう。
「俺が仕留めたら給料に上乗せされますかねぇー?」
「さぁね、経理部に進言くらいはしてあげてもいいけど?」
「言質取りましたよー? それじゃ失礼して。射貫け――」
真っ直ぐ伸ばされた腕の先、石の刃が生み出されていく。
エルドラは通常よりも太く鋭い刃を練り上げると――唇の端を吊り上げた。
「
石蔓に絡みつかれた眷属を、石の刃が凄まじい速度と威力を以て言葉通りに射貫く。
呆気なく核が砕け散ると、テトは手を握り込むようにして石蔓を消し去り「ふん」と鼻を鳴らした。
「――手応えがないよね。本当に十年前……こんな奴らにやられたの? それとも〈島喰い〉はこんなものじゃないのか……」
見渡せばほかの二体もまさに屠られようとしている。
けれど、瞬間。
テトの肌がぶわと粟立った。
「……ッ、水晶が割られた」
「はい?」
「行くよエルドラ!」
駆け出すテトの深緑色のローブが……もう少しで頂点を迎える太陽の下で大きく広がった。
******
「さて、と。私たちの民はこれで避難完了ですね。それでは〈闘騎士団〉はほかの浮島の避難援護に当たります。……シーフォ、私は『春告げ鳥』と話すことがありますので、采配をお任せしても?」
レントは『春告げ鳥』の世話役の案内で通された『メディウム』地下に自身の浮島の民が入っていくのを見届け、白鬚を蓄えた初老の紳士シーフォに声を掛けた。
「レント坊ちゃんの命とあらばどんなことでも致しますとも。――〈獣騎士団〉への援護は手厚くしましょうな。それと……『メディウム』防衛と整備のためにいくらか騎士を残したく存じます」
シーフォは十年前の戦闘でも参謀として活躍した騎士のひとりだ。
〈闘騎士団〉が治める浮島『ラクス』は民の大半が騎士団に属する風習を持つため、十年前には甚大な被害を
『
それは
その苦くつらい経験から全員を連れ出すわけにもいかないというのがシーフォの考えだった。
当然、この地下でも食糧は不可欠である。働いてもらうことには変わりないのだが。
「勿論です。シーフォの判断に文句はないですよ。……ではお願いします」
レントは中性的な顔立ちで優雅に微笑むと、胸元で拳を突き合わせて軽く腰を折る。
シーフォは頷くと同じように敬礼を返し、レントが歩み去るのを見送った。
◇◇◇
「……『春告げ鳥』、いま少しよろしいでしょうか」
中央塔の最上階、彼女は巨大な金の鳥籠のなかで紅いソファに深く腰掛け、瞳を閉じていた。
呼び掛けにゆるりと持ち上げられた瞼の下、金色の双眸がレントを捉えると――彼は籠の前で恭しく敬礼をしてみせる。
「どうした〈闘騎士団〉団長よ。ほかの騎士団は交戦中のようだが」
「レント、と申します。――世界の
「ふむ……?」
「この世界には我らの
「――ほう。何故そう思う?」
「古い書物に多くの記載がありました。あれは物語として世界の成り立ちを描いたものと考えています。曰く、飛び立った〈大陸〉はいくつかの浮島群となった――と」
『春告げ鳥』は「くくっ」と喉を鳴らすと立ち上がり、籠の縁までやってくるとリーヴァの白い腕を上げて金の格子を撫でた。
「世界の成り立ちを識る――それがお前の望みか〈闘騎士団〉団長レントよ。久方振りに聞いた話だの」
「ええ。私は常々考えてきたのです。〈島喰い〉とはなにか――そして『春告げ鳥』……貴女が何者であるかを」
瞬間、レントは鋭い踏み込みで『春告げ鳥』へと肉迫し……リーヴァの華奢な左手を格子越しに掴んだ。
ギリ、と骨が軋むほどの力だが……『春告げ鳥』はなにかを
リーヴァの体に入っていても痛覚は共有していないようだ。
「知っておろう、妾はこの
「…………」
レントはどこか冷たい笑みを返すと、そのまま綺麗な顔を寄せて囁いた。
「私の望みはこの世界を在るべき姿に変えることでもあります。〈島喰い〉に襲われて滅びる未来を享受するつもりも当然ありません。貴女の存在が私の思うとおりならば――そのときは」
「ふ。よかろう。妾はお前たちに干渉してよい立場にはないが――勝者に願われるならば聞かせてやれる事柄だ」
「その言葉――お忘れなきよう」
レントはゆっくりと手を放すと『春告げ鳥』の表情さえも確認することなく踵を返す。
「まったくもって頼もしい騎士団長たちよの……なあ、リーヴァよ」
赤くなった左手首の痕を右手でそっと撫でながら――『春告げ鳥』は小さく呟くのであった。
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