第13話

日が落ちてきてた。

紫がかった雲に隠されそうになる月はまるで、必死に生きてきた翠のように、懸命に俺達のことを照らしている。



「ねぇ、斉原さん。」



「...お父さんって、呼んでもいい?」



俺は深く頷いた。


翠は、なにかの糸が切れたように、ぶわっと泣き出した。

俺は、彼女を強く抱き締めた。俺の肩で泣く彼女も、俺を強く抱き返した。


誰もいない田舎の屋上。逢魔おうまとき、声を上げて泣いていた。






しばらくして、翠が泣き止んだころ。

俺は彼女の目前で、手を動かした。


(今日はもう遅い。俺と一緒に、家に帰ろう。)



「.....うん」


「うん、......うん!」


涙混じりの、満面の笑みだった。





俺の部屋は、この建物の3階だ。


翠と一緒に、階段を降りた。


部屋のドアに、手をかけた。




(少し臭うかもしれないが、許してくれ)


「ううん、全然気にしないよ。それより、嬉しいな。私...」


翠は倒れてしまった。頭を打たないように支えられた。

...当然だろう。あまりにも、色々ありすぎた。きっと安心して、本当に安心して、力が抜けてしまったんだろう。

俺は、翠をベッドに運んで寝かせた。


俺も今日は倒れるほど疲れているが、さすがにこのままじゃいけないだろうな。一人暮らしだからと散らかった部屋を片付けて、少し寒いだろうが換気扇も回しておいた方がいいな。


最低限の整理をして、俺もソファに横になった。



思えば、この何日かで、ものすごい出会いだったな。少し不謹慎だけど、翠が死のうとしてくれたから、俺も翠も救われたわけだ。

生き別れと言っては違うと思うが、そんな娘に会えた感情が、驚きよりも安心の方が大きい。なんというか、不思議な感覚だ。


これからは、俺がこの子を支えていかないとな。俺にとって翠は、そして、翠にとっての俺は、


たったひとりの家族なんだ。


十数年前に突如として奪われた、「永遠とも思えた日々」は、

思いもよらないような形で今、再開したんだ。



もう少し考え事をしたかったが、とてつもない眠気と幸福感に襲われて、眠りにつくのは一瞬だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る