scene6-3
パソコンの中身も綺麗なものだった。SNSやメールの友達一覧を何度見てもピンとこない。怪しいフォルダも無くて本当に自分のパソコンだろうかと少しだけ疑ってしまう。
ブラウザの履歴やブックマークを辿れば、確かに好みが出てるんだけど。
もっと黒歴史的な何かが入ってるんじゃないかと期待しただけに、肩透かしを食らってしまった。
つまんない。
事故前後のことも遡ってみたけど、何人かが「最近見ないね〜」って言ってる程度で、すぐに日常に戻っていた。どの人がリアルで友人なのかも判断できないし、反応があったらあったで説明が面倒そうなので結局書き込みもせずに閉じてしまった。
何度も確かめて、毎回がっかりさせられるのに、定期的にチェックしてしまうのは、どうしてなんだろう。
お兄ちゃんが「
わかるんだけど、でも、こう……
「……んー、にゃーーー!」
奇声を上げて、すっくと立ち上がる。
だめだだめだ。気分を変えよう。うん。
そのままあたしは部屋にこもって休日を満喫しているお兄ちゃんの所に突撃した。
「遊びに行こう!」
じりじりと音がしそうなほど太陽が照りつけている。
そうだ。夏だったよ。朝のうちは涼しいもんだから油断してた。
遮るものの無いアパート前の駐車場に置かれた車の中は、すでに蒸し風呂みたいになっていた。
運転席のお兄ちゃんは汗ひとつかきもせず、涼しい顔でハンドルを握っている。
「……ねえ、暑くない?」
「暑い? エアコン、入ってるだろう?」
どうやらこの人には感覚というものが欠如しているらしい。
確かにエアコンは入ってるけど、こうもろに直射日光を浴びていれば暑いのは当然じゃないか。設定温度を下げてやろうかと伸ばした手を、お兄ちゃんは横目で窘めた。
「あんまり下げるな。直風は体にもよくない」
「暑いんだもん」
「夏なんだから仕方ないだろう? お前の住んでた所よりはずっと涼しいはずだぞ?」
サングラスの向こうで、前を向きながらも目が呆れている。
「覚えてませーん」
容赦なく温度を下げると、ごうっと音を立てて強くなった風があたしとお兄ちゃんの髪を躍らせた。
小さく舌打ちをして、送風口の角度を変えるお兄ちゃん。
「人を無理矢理つき合わせておいて、勝手なことばかり……!」
はいはい。すみません。ごめんなさい。
むっつりと口を閉じたお兄ちゃんに心の中でだけおざなりに謝る。だって暑いし。
サンダルも脱いで膝を抱え、顔に風を受けながら助手席の窓に頭を預ける。暑いのは伸び放題の髪も原因かもしれない。そろそろ切ろうかなぁ。少し癖があるから、まとまりが悪いんだよね。
「トモキ」
軽く目を閉じてぼんやりそんなことを考えてたら、呼ぶ声がした。
「トモキ、酔ったか?」
ちらちらとこちらを窺いながら、前髪をかき上げてる。
何か言うべきかとか、気の利いたセリフとか、何か伝えようと言葉を探してる時の癖。そんなことにも気付けるようになった。だいたいが何も言えないんだよね、この人は。分かってしまったら、何となく可笑しい。
事故から一年が過ぎて、あたしも仕事を始めたのに、健康にだけは妙にうるさい。そういうところでしかコミュニケーションが取れないんだろうな、と思いつつも、まんざらじゃない。他人みたいだったお兄ちゃんが、関わってくれようとしてくれているところが。仕方ないな、と設定温度を少し戻してあげた。
「お兄の運転で酔ったことないでしょ。見かけによらず安全運転なんだから」
「見かけ、は、余計だ」
あははと笑って、あたしはフロントガラスの向こうの青空に目を細める。
「ボウリング場、空いてるといいねぇ」
***
田辺智也の三回目の命日。その日は抜けるような青空だった。
智也がいた頃から毎年恒例になっている、仲間内でのボウリング。男女ひとりずつチームを組んで、一番負けたチームが一ゲームおごる、というルールなので、その一帯だけ異常に盛り上がっていた。
「なんでそのタマがストライクになるんだよ」
「ふ、ふーん。実力、実力!」
「賭けた時だけ強くなるもんなぁ」
涼は聞こえるか聞こえないかくらいの声で呟く。
「勝たせてもらいますよ! ……園子っ、あんたの番だってば! ちょっと、何見て……」
ボックス二つ隣、園子の視線の先には、まっ茶っ茶の頭でサングラスをかけた青年が無表情で座っていた。
「知り合い?」
真顔で聞いた美由に、園子はへにゃっと表情を崩して答える。
「んにゃ。ちょっと……いい男だなーって」
「ちょっと! あんたにはちゃんといるでしょ! あー……でも、ワカル。私も好みぃ。歳の割に不良っぽくていいよねー」
「そうそう。別にやましい気持ちじゃなくてね。目の保養っていうかぁ」
頬杖をつく角度がクールだの、服のセンスがいいだの言い合う二人の背中に、男性陣の呆れた視線が注がれる。とはいえ、長い付き合いだ。彼等は黙ってきゃっきゃ言う女性達がひと騒ぎ終えるのを待っていた。
「おまえら……いいかげんにしろよ。女連れだろ? だいたい、園子! おめーの番だっての!」
「え? そーなの? 早く言ってよ、もう」
「……ったく」
そそくさとレーンに向かう園子を目で追って、美由は涼に向き直った。
「女の子、いた?」
青年は今ひとりで画面の前に座っている。連れは見当たらない。
「いたぞ。さっきトイレの方に……なんだよ」
「べつにー。私達のこと、言えないんじゃないかなーって。そんなとこまで見てたんだ」
「いや……たまたま……そんなんじゃねぇぞ?」
やや視線を泳がせるあたり、怪しい。と、美由は一歩涼に近付いて声を潜めた。
「そんな美人だった?」
「だから、そんなんじゃないって。後ろ姿しか見てねえよ」
ふぅん、と納得した振りをして、美由は戻ってきた園子とハイタッチする。きっちりスペアをとってきたらしい。園子はそのまま涼ともハイタッチした。
この二人が付き合い始めたのは最近だ。ずっといい雰囲気だと思ってたのに、付き合うまでは長かった……気がする。
樹がレーンに向かうのを確認してから、美由はもう一度青年の方を振り返った。
ふわふわした髪が揺れる背中が目に入って、思わず瞬く。ゆるいウェーブは天パだろうか。いつの間に戻ってきたのか、女性と青年が何やら揉めている。すぐに彼女は諦めて、彼の指差すレーンに向かった。青年はかけているサングラスの位置を指で押し上げて直している。
外す、外さないのやりとりだろうか。青年は迷惑そうだけど、仲は良さそうだなと感じる。
ボールを持ってレーンに立つ彼女の横顔に、美由はふと眉を寄せた。
「……ねぇ、」
返事はない。振り返ると涼の姿はそこになく、樹が立っていた。樹でもいいやと美由は彼の腕を引く。なんだよ、と若干迷惑そうに樹は美由を見て、その表情に首を傾げた。
樹と入れ替わりでレーンに向かった涼が、同じように三つ向こうのレーンの彼女を見ているのが目に留まる。
涼があの人を見ていたのは、もしかして。
「あの人」
みんなの視線が同じ方に向くのを見て、園子も何事かと顔を向けた。
「誰かに似てない?」
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