第4話 最後の言葉

 盗賊が僕を人質に取っている。僕ごと斬られるか、僕を囮にして、僕を犠牲にして逃げるかもしれない。その場合、僕だけが斬られることになる。

 どうだろう。僕は今までの人生を振り返った。

 僕の、罪。

 とは言うものの、何も悪いことをしていない、つもりだ。

 伝承通りならば、『罪の数』だけダメージを受けるという。

 僕のぺらっぺらな体力が持つだろうか。

 そもそも『今世で積み重ねた罪』というのは、どの程度のものなのか。まさか自分が斬られるだなんて考えてもみなかった。今になってその魔剣の『設定』のあやふやさについて検証が必要だ。僕の命がかかっている。

 僕は自慢じゃないが、生まれてこの方、悪いことなんて何もしていない。ひたすら愚直に、真っ直ぐに生きてきた。罪の数なんて数えるまでもない。『ゼロ』だろう。

 しかし、もし『罪悪感』の数も含まれてしまうとしたら、ちょっとまずいことになる。

 僕は少し”悪いことしたな”と思うと心の中で謝ってきた。何なら口に出して謝ったりもした。生きているだけで誰かに迷惑をかけている気がしていた。僕を送り出してくれた母や父に対しても、トレジャーハンターとして自立できなかった不甲斐なさから、この二年の間に数え切れないほどの罪悪感を抱えたものだ。

 もし、その数も勘定されてしまったら、僕は相当やばい。それに、僕だけの命じゃないのだから。僕の罪悪感のせいで、末代まで魂を八つ裂きにされてしまったら浮かばれない。いやほんとに冗談じゃなく。

 僕が『鑑定士』だからこそ、気づいたことだ。この魔剣に相対することの絶望は僕にしか分からないだろう。

 誰よりもあの魔剣が本物であると知っているからこそ、恐怖で気が遠くなりそうだ!!

 最悪の場合死んでしまうかもしれない。しかもただ死ぬだけじゃ無い。来世まで引き継がれて死ぬんだ。そんなのあんまりだ。まだ19歳なのに。


「『末代までダメージが続く』だなんてのは迷信だ。人は死んだ後のことは誰にもわからない。その剣は偽物だな」


 僕を人質にとっている盗賊は鼻で笑った。しかし、盗賊の心臓は僕の背中で大きく脈打っていた。その武器の効果が本物であるか偽物であるか、誰にも分からない。

 タチの悪いことに、斬られてみるまでは分からないのだから。


「普通はそうだな。でもこの剣は、魔剣だ。『そうあるように作られた』ものだ。だから死後にも呪いの効果が永続する。『そうあるように作られた』から。魔具ってのは、そういうものなんだ。試してやるよ」


「ちょ、ちょっと待って!!」

「命乞いか? 嘘と卑怯がお前たちの武器なんだろ?」

「いや、その…………」


 目の前の青年剣士と目が合った。


「今の命乞い、お前か?」

「まぁその…………。はい」

 青年剣士の目が僕を品定めするように見る。

「虫も殺せなさそうなくせして、まさかお前、極悪人なのか?」

「いや、その魔剣の『罪の数』。その『罪』の範囲によっては……、僕も相当やばいんですけど……」

「ふうん」


 盗賊に命を握られているのか。

 青年剣士に命を握られているのか。

 僕の明日はどっちなんだ!?


「まだ、僕は死ぬ訳にはいかないんです。トレジャーハンターになるまでは……!」

「この馬車は大陸の果て、スヴィバ村行きだ。トレジャーハンターになりたいやつが行く場所じゃない。言っただろう? 嘘つきは嫌いだ」


 トレジャーハンターになりたい気持ちは嘘じゃなかった。

「嘘じゃない。僕は鑑定士だ。ただ僕に君のような戦闘スキルがあれば、商人のように話術に長けていれば、僕だってトレジャーハンターとして、冒険が出来ていたはずなんだ。まだ、まだこんなところで死にたくはないんだ!!」


 僕は意を決して、右手で短剣の柄を握る。

 僕はここで死ぬ訳には行かなかった。

 あの訳分からない魔剣で斬られるくらいなら、盗賊から自力で逃げ出す!


 ……でも、いざとなってやっぱり怖気付いてしまった。

 力が入らない。


「『盗賊団に襲われたときは、大人しく従い、時を待つべし。』か」


 ゆらめく刀身の古代紋章のコアと目が合った気がした。


「それは、トレジャーハンターの言葉じゃないな」


 次の瞬間、青年は剣を振り下ろした。刀身は青い軌道を残して、僕の身体をすり抜けていった。

 ゆらめく刀身は少しずつ形を崩して、時間差で僕の身体の中に染みこんでいく。


 盗賊は斬撃の瞬間、僕を前に突き飛ばしていた。

 盗賊を僕ごと斬ったのでは無い。僕だけを斬ったのか。

 僕は支えを失い、そのまま前に倒れ込んだ。

 結局、僕は何も出来なかった。反撃も、冒険も、自立も。

 何もかも。


「は、はは。付き合ってられねぇよ。人殺しめ。俺たちはずらかるぞ!!」


 盗賊たちは蜘蛛の子を散らすようにばらばらと荒野に逃げ帰っていったのを倒れた視界の中で垣間見た。

 不思議なことに、瞬く間に盗賊たちは視界から消えていった。逃げが早いにも程がある。どこかに裏道があるのだろうか。いや、もうそんなことはどうでもいい。

 倒れた砂と石の地面を頬で感じた。不思議と痛みは無い。死というのは案外そんなものなのかもしれない。死は痛いものだと思っていたが、死は痛くない。

 ただふっと、今まで思い悩んでいた物がちっぽけなものに思えてきた。

 思い返してみても、何か悪いことをした覚えも無かった。ただ父に合わせる顔が無い、という罪。父の期待に応えられなかった罪悪感。それだけが僕を苦しめていたのかもしれない。死によってその重圧から解放された今となっては、何もかもどうでもいい。罪というのは案外そんなものなのかもしれない。

 重いとか、軽いとか。痛いとか痛くないとか。

 死んでしまえば何もかもが手遅れ。ここが僕の終着点だと。

 故郷に帰れなくて、ごめん。

 立派な鑑定士になれなくて、ごめん。

 僕は、ここで……

「おい、いつまで寝てるんだ。起きろよ」

「父に……伝えてくれないか。スヴィバ村にいる父に……」

「なんだ、お前、スヴィバ村出身なのか。ちょうどいいや、さっき言った伝説の剣に案内してくれよ」

「案内なんてできるわけないだろう。僕はもう死ぬんだから。僕の遺言を父に……」

「『時を越えし兵の剣』、聞いたことあるだろう?」

「だから! 今僕は死にかけているんだって!!」


 僕は腹から声を出した。

「死の間際、僕が最後の言葉を紡ぐって時にごちゃごちゃ話しかけないでくれよ!!」

「じゃあ、どこが斬られてるか、確認してみ?」

「どこって……」


 倒れた状態のまま右手で脇腹をさする。左手で左脇腹を。起き上がって、頭、顔、肩、腕、足。うぅむ。どこも斬られていない。

 それどころか、さっきすりむいたひじの傷が治っていた。


「おかしい。魔剣だから斬られていないとか? 直接ダメージ効果は無いとか?」

「あのなぁ。さっきのは偽物だよ。ポーションで剣を形作った偽物。名付けて治癒大剣エクスポーショナー!! 良い出来だっただろ?」


「…………は?」


「薬のポーションで切りつけたんだから、逆にお前の傷は治っているんだ。しっかりしてくれよ、案内係さん」


「え。だって。あの姿形は確かに断罪大剣だった……」


「本物はどこにあるって?」

「『最果ての流刑地デデルグ・ウニユ』……」


 嘘ついたってこと?


「さすがにあの人数の盗賊団を全部倒すのは疲れるからな。俺も無駄な殺生はしたくないし。自分が説明するよりも第三者が説明してくれたほうが信憑性が上がるよな。あんたが勉強熱心な鑑定士で助かったよ。名前は?」


「フオフ、です。助けてくれて、ありがとうございます」


 嘘つきの剣士に礼を言った。命は助かったけど、どっと疲れた。

「俺はブレイド。一振りの剣だ。じゃ、ポーション一つ分の働きをしてくれよ」

「案内、ですか?」

「もちろん。探してるんだよ。伝説の剣を」

「『時を越えし兵の剣』。スヴィバ村に伝わる大剣ね。私も聞いたことがあるわ」

 急に話に入ってきたのは女性の声。振り返ると、王国の紋章が入ったローブを着ている、先ほど土魔法で盗賊を倒していた魔法使いだった。

「だれだあんた」

「私の名はエルロゥ。王国で王族御用達の宝石ジュエリーショップを開いているの。聞いたことない?」

「ないな」

「無いです」

 王国で宝石ジュエリーショップを開いている? 商人?

 宝石ジュエリーは魔法効果、身体強化、属性付与等、様々な追加効果を与えてくれる。軽さの割に効果が高い。希少性も高く、故に高価で取引されている。宝石ジュエリーを王族相手に取引しているということは、かなり名の知れた商人である。僕が知らなくても無理は無い。王族なんて会ったことも無い。


「そんな大層な王国お抱え商人様が、こんな荒野に護衛も無く歩いているもんなのかね」

「護衛は要らないくらい強いからね」

 杖を持つ女性、エルロゥは盗賊に向けて石礫を飛ばしていた。

「その杖に付いている宝石、ラピスラズリが持つ『水属性』、『木属性』の力を超越していましたね。まさか、四属性魔法使いエレメンタルウィザードなんですか?」

「えぇ。さすがE級鑑定士ね。知識だけは豊富ですこと」

「うっ」

 鑑定士は鑑定レベルからランクがある。それぞれ装備できる装備が異なる。何も装備できないのがEランクだ。

 未鑑定のアイテムをアカシックレコードに照会し、その希少レア度によって経験値が得られる仕組み。僕は街にいた時も、パーティに同行していた時も未鑑定のアイテム鑑定をしていない。当然Eランクだ。

 そういう彼女は「A級ランクのブレスレット」をしていた。

 四大統霊「火・水・木・土」の助けを借りることが出来る魔法使い四属性魔法使いエレメンタルウィザードはかなり希少な存在。尚且つA級鑑定士で、宝石商をしている、19歳!? 

 『最果ての流刑地デデルグ・ウニユ』の処刑用武具を持っている同い年の剣士もいたし、なんだこの馬車。偽物だったけど。


「ねぇ、あなた、私の護衛やらない? あなたくらいの面白い剣士がいたほうが、私もお宝の調達に専念できるから、商売がしやすいかもしれないのよね〜」

「いいや、俺はこいつと行く」

 そう言って僕を指さす。

「いやいやいやいやいや!」

 首をぶんぶん横に振った。

「僕は家に帰りたいだけなんで! 安全に!」

「その家がスヴィバ村なんだろ。俺はそこに用があるんだ」

 断れないなぁ!! 目的地一緒だものなぁ!!

「そ。じゃあ私もそれ、付いていくわ。伝説の剣なんでしょ? とびっきりのお宝じゃない?」

「伝説の剣は売れるとは限らないぞ。ボロボロで形が無かったり、伝説という名の噂話だけだったり、徒労で終わる方が多い。夢で追うものだ。算段で追うものじゃない。帰った方が身のためだぜ」

「黙りなさい! 私が何をするかは私が決めるの。私の価値は私が決める。その剣の価値もね! 徒労になんてさせるものですか。私の一歩は10万Gなんだから! どんな剣も手に入れて、バッチリ売ってみせるわ。さ、案内してちょうだい。お金は払ったんだから」

「え?」

 ビシッと指さされても僕はお金なんて……、と思って振り返ると、僕の後ろには頭をかきながら苦笑いの馬車主が立っていた。

「すみません……、馬車が壊れてしまって……、この先の岩山を乗り越えられないです。一度王国に引き返そうと思います。もちろんお金は全額お返しします」

「はぁ!? 困るんですけど!」

「いいや、俺たちは歩いていくから」

「えぇ?」

 "俺たち"って、僕も含まれてませんか?

 ブレイドと名乗っていた青年剣士は僕の肩に腕を回して耳元でヒソヒソと話をした。

「(あのプライドたっかい魔法使い女が岩山を歩くわけないだろ。さっさと行くぞ)」

「は、はぁ」

「ちょっと! 本当に歩いていくわけ?」

「あぁ、ここでお別れだ。じゃあな」

 一期一会。出会いがあれば別れもある。僕のひとつの目標でもあったA級鑑定士、かつ商人でもある彼女との出会いも、ここで何事もなく過ぎ去っていくかに思われた。


 馬車主の最後の言葉を聞くまでは。


「あぁ、この先の洞窟にこんな剣の伝説がありますよ。『煮え滾りし贄の剣』って聞いたことありませんか?」

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