第二章 煮え滾りし贄の剣

第5話 ニエニエの剣

 僕は鑑定士フオフ。約2年前スヴィバ村から街に出て、冒険者を目指していたけれど、挫折して故郷に帰る途中、盗賊団に襲われてしまった。

 色々あって、今は青年嘘つき剣士ブレイドと、高飛車A級鑑定士兼魔法使い兼宝石商エルロゥと三人で、僕の故郷のスヴィバ村を目指して歩いている。


 が、馬車主の余計な一言のおかげで、僕らは寄り道をしてから故郷へ帰ることになった。

 スヴィバ村まではここから、荒野地帯、岩山地帯を抜けて、大きな森を迂回して、小さな川を越えてまたもう一つ荒野を抜けた先にある。

 遠い。正直寄り道なんてしてる場合じゃない。馬車でだって1日半かかる道のりだった。保存食の持ち合わせもそれほどない。本当は王国に一度戻るのが最良の選択肢だっただろう。

 それでも僕は彼らと一緒に冒険することを選んだ。

 これは、僕の選択だ。僕にとって最後の冒険になる。


たぎりしにえの剣って言ってたわね」

「馬車主から聞いた伝承、確かこう言ってたな」



 大地に突き刺さりし剣。引き抜き手にした者、煮え滾りし贄となりて、永遠に帰らぬ。



「いやいやいやいやいや!」

 馬車主から語られる伝承に僕は全力でツッコミを入れた。

「伝説の剣というより呪いの剣なのでは?」

 永遠に帰らぬって言ってますよ。時を越えし兵の剣の伝説とテイストが違いますって。


「煮え滾りし贄の剣か、長いからニエニエの剣って呼ぶことにしようか」

「可愛い剣じゃない。きっと売れるわ!」

にえの剣』ですよ。決して可愛くない。贄って、『犠牲ぎせい』とか『おとり』とかそういう意味ですし。ほら、さっきの僕みたいな。


「〝大地に突き刺さりし剣〟という部分が似ている。『時を越えし兵の剣』と同じ剣だったりしないか?」

「スヴィバ村からかなり離れているから微妙かもしれないですね」

「伝説の剣って大地に突き刺さりがちなのね〜」

「魔剣は刀身自体、武器自体に特殊な効果が付与されているものが多いから、特殊な鞘を作る技術が当時は無かったりするんだよ。それよりかは、特殊な効果を魔法陣に書き記して、地面に突き刺した方が簡単だし、保管もしやすい。特殊な魔法陣ごと地面を掘り抜いて魔剣を回収する時もあったっけ」

 ブレイドさんが語るのは一般論ではなく経験談だった。

「その魔剣もどっかから回収したの?」

 エルロゥさんが指さしたのはブレイドさんが背負っている黒い大剣だった。

「したねぇ、あの時は大変だったなぁ。この魔剣に含まれる魔障の影響で魔王城が半壊しちゃって……」

「…………」

 彼の話は話半分に聞いておいた方がいいだろう。

 魔障は魔物が発する魔物特有の負のマナの高濃度のものを指す。魔障で魔王城が半壊するなんて、そんな危険なものをブレイドさんが背負えるはずが無い。


「ま、いいわ。呪いの剣かどうかの判別はE級鑑定士の経験値にしてあげるとして、ある程度の解除道具は持ってるから、はいコレ」

 エルロゥさんは僕に宝石をひとつ手渡した。

「なんですか? これ」

「座標石。これをあなたが持ってってくれれば、私はとっても楽ができるの。行ってら、っしゃい!」

「ぎゃっ」

 ドキッとする上目遣いをしたと思ったら直後、背中をバシッと叩かれ、僕は危うく倒れそうになった。すごい力だった。僕とそう変わらない背丈なのにどれだけのパワーを持っているのか。


 エルロゥさんは王国のローブを脱いで、それを岩肌に広げて座った。ローブの中に背負っていたナップサックからマット、布袋を数個取り出し、広げ始めた。

 ローブの下には動きやすそうなインナーローブと軽鎧。彼女はまるでトレジャーハンターのような出で立ちだった。

「座標石って、よく魔術師が使うマーカーの原材料になっている石ですか?」

「そうね。固有の魔力を込めておけば、魔法の対象を設定して自動追尾の攻撃が可能になるお助けアイテムの定番。だからたとえば、一度行ったことのある場所しか使用できない転移魔法の座標をこの座標石にして、あなた達に持たせたら、どこまででも転移できると思わない?」

 要約すると「私は歩きたくないから先に行ってきて」ということ。〝どこまででも〟歩かせるつもりのようだ。

「私は手持ちの宝石の手入れをしているから、さっさと行ってきてちょうだい」


 手持ちの小さい布袋を逆さにして中を取り出した。中からは小さい色とりどりの宝石の原石が出てきた。

「あ、それより近づかないこと。盗難防止の不可視魔法陣をローブの周りに仕掛けてあるから。そんな事しないと思うけど、念の為ね」

「は、はい」

 思わず近づいて見に行こうと思っていたから助かった。宝石の原石を間近で見る機会はそう無かったから。


「あら、石っころが混ざってるじゃない。はい、フオフ。これあんたにあげるわ」

 彼女は親指の先くらいの大きさの石を投げて寄越した。なんとか受け取る。

 白く濁った石。透き通っていないから水晶ではない。ハンベルグ石……いや、この傷の付きやすさ。

「これは……、ジプサム、ですね。これは宝石にはならないんですか? 確かエネルギー、熱吸収の効果がありますよね?」


 そういえば、ジプサムの宝石は見たことがなかった。ほとんどの宝石の原石は形の悪いものや傷の多いものは砕いて粉にして絵の具として売られているが、ジプサムは絵の具よりも砕いて粉にしたものに水を加えて固めた粘土として、スタチューや装飾品の材料になっていることが多い。


「磨けば宝石にならないことも無いけど、ジブサムは柔らかすぎて加工が難しいの。爪で傷が付いちゃうくらい柔らかいんだから。だったら砕いて美術家たちの材料にしてあげた方が金になる。ま、私には要らない石よ」


 言うが早いか、エルロゥは薄皮の手袋を取り出した。原石の中には、素手に含まれる油脂で劣化してしまうものもあるためだろう。


「近頃街で流行っている『石占い師』が言うには、ジプサムには集中力と洞察力を高める効果があるっていうわよ。本当かどうか分からないけど、あの人たちがただの石にも効果を与えてくれるの、こっちも商売がしやすいから、それが本当かどうかなんて知ったことではないけどね」

「はぁ、そういうものなんですね」


 本当かどうかなんて、どうでもいいのか。

 それでも、集中力や洞察力を高める、だなんて言われたら、気になってしまう。持っているだけで効果があるなら、装飾品にして腕に付けておこう、と考えてしまうかもしれない。


「何でも気の持ちようなのよ。『石の効果』を拠り所にして、自分の効果を高めるのも気持ち次第。ほら、『伝説の剣』が本当にあろうと無かろうと、ただの剣を『伝説の剣』だとその人が信じていれば商売は成立するでしょう?」

「はぁ、そういうものなんですか?」

 それはただの剣なんだから、サギなのでは?

「そうよ。あなたが1000Gを出しても買いたいって思うから、その商品には1000Gの価値がつくの。商人はその価値を作り出す仕事なのよ。鉱石の価値、宝石の価値、装飾品の価値、それらは買う人を想像して、私たちが決めているんだから。ちゃーんと、覚えておきなさい」


『商人はその価値を作り出す仕事』か。ただ商品を売る仕事じゃないんだ。

 たとえば僕は鑑定士だ。魔法もたいして使えない。『ラピスラズリ・ブレスレット』が10000Gで売っていても買わない。たとえ10分の1の値段の1000Gで売っていたとしても多分買わないだろう。要らないからだ。『水属性・木属性付与』の効果は必要ない。

 でも、『ジプサム・ブレスレット』が1000Gで売っていたら、買いたい。『集中力や洞察力を高めます』と書いてあれば尚更。

 欲しい人と求めているものとを繋ぐ人が、商人というものなんだろう。

 今までの僕はそれをあまり深く知ろうとしてこなかった。商人の本質。鑑定をしてもらいたい人を募って、鑑定をする。その先は考えなかった。鑑定したものの、その先まで面倒を見るのが、商人なのかもしれない。

 トレジャーハンターに鑑定士と商人の要素が必要なのは、得た宝物の価値を、他の誰かとも分かちあうためなのかもしれない、と。

 彼女は鑑定士でもあり、商人でもある。彼女が広げている数々の色とりどりの宝石の原石の行く末を、きちんと最後まで見届ける。それが彼女の仕事なんだ。


 彼女は『水眼鏡ウォータールーペ』を取り出して宝石鑑定を始めた。侵入者排除の魔法陣があるため、邪魔をしない方が身のためだろう。


「おーい、話は終わったか?」

 ブレイドさんが道の先で待っている。

「はい。今行きます!」

 そうだ。僕には〝座標石〟を持って行かなければならないのだ。ニエニエの剣の前まで。

 ブレイドさんは、古びた木の剣を杖のように突いて歩いていた。本当に剣が好きなんだ。剣の使い方としては大いに間違っている気もするけど。

「ほら、そこに湧き水が出ている。もし水筒を持っているなら継ぎ足しておけよ」

「あ、はい」

 そういえばとても喉が渇いていた。命の危険で感覚が麻痺していたみたいだ。水筒に残っていた水を飲み干してから、湧き水を水筒に入れて、また飲み干した。

 ブレイドさんも同じように水筒に湧き水を入れた。水筒の口から出てきた剣の柄を掴み、波打ちうねる水の剣を取り出して、自らの口に突き刺した。


「あー! 喉が渇いている時の水の剣はうめぇな!!」



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