第6話 形状変化

「ブレイドさん、ちょっといいですか?」

 剣の柄まで丸呑みした彼に、僕はなるべく慎重に言葉を選びながら聞いてみることにした。

「どうした?」

「そういえば、さっきの『治癒大剣エクスポーショナー』のこと、聞いてませんでしたけど、すごい不思議なことやってますよね?」

 普通の剣士はポーションで剣を作らないし、湧き水の剣を飲み込まない。

「あぁ、言ってなかったっけ。俺のスキル『形状変化オールリカバリー』を使ったんだ。物を好きな形に変えることができる能力。どうせ水を飲むんなら、剣の形にしたいだろ?」

 前半の能力の話は何とか百歩譲って理解するとしても、後半の趣味嗜好の話は全く理解できなかった。

 いくら喉が渇いていても、剣を飲み込もうとは思わない。

「えぇと、〝ポーション〟を〝剣の形〟にしたのが『治癒大剣』だったってことですか?」

「その通り。で、これが〝杖〟を〝剣の形〟にした、『大地突き刺す楔の剣グランドスピアー』だ。」

 ブレイドさんが山を歩くのに使っていた剣を見せてくれた。よく見ると材質はブラックオーク。山道を歩く杖によく使われる、強度の高い木材だ。

 杖は剣にしちゃダメだろ! というツッコミは湧き水と一緒に飲み込んだ。

 杖の用途は〝大地に突き刺すこと〟じゃないから! 身体を支えることだから! ……ゴックン。


「ちなみにこの水の剣は『水トカゲの背びれウォーターリザード』と命名した。フランベルジェの水バージョンをイメージしたんだ。この波の様な刀身が瑞々しく波打つところなんか……、そそるだろ?」

 ブレイドさんはウットリと恍惚した視線を水の剣に向けた。

 フランベルジュは、刀身が波打つ炎に見えることから名付けられた、かなり殺傷能力の高い剣のこと。彼なら火炎を剣の形を変えて「火トカゲのトサカサラマンダーマンダラ」とかいう火の剣を作って、バーベキューをするに違いない。

 なるほど。

 ブレイドさんは剣のファン、いや、物好きマニアなんだ。

 剣の形をしたものを追い求めるだけじゃ気が済まなくなってしまって、自分であらゆるものを剣の形にして生活しているんだ。

 まぁ、なんというか。

 そっとしておこう。

 好きなものは人それぞれきっとある。好きなものがあるってことは、とても素晴らしいことだと思う。人生を決めるくらいに。人生を左右するくらいに。

 何なら、大地突き刺す楔の剣が、僕も欲しくなってきた。非戦闘員は体力があまり無い。ちょっと歩いただけなのに、もう肩で息をしていた。

 ゴツゴツした山肌を、急な坂を登っては下ってを繰り返した。ブレイドさんのように大剣を背負っていたり、エルロゥさんのように宝石を持っていたりしない、特に荷物の持っていない僕だけれど、それでも岩山を通過するのは重労働だ。

 何故こんなことをしているのか。

 そんなこと、決まっている。

「どうして王国に帰らなかったんだ? フオフ」

「どうして?」

 ブレイドさんはキツそうな顔ひとつせず、かと言ってスタスタと先に行ってしまうこともせず、僕にスピードを合わせてくれた。たぶん、とても優しい人なんだと思う。きっとエルロゥさんだったら先にスタスタ行ってしまっていただろうから。

「故郷に帰るにしても、1度王国に帰った方が安全だ。歩いてスヴィバ村に行くなんて、普通考えないだろ?」

「まぁ、そうですよね」

「トレジャーハンターだから、未知の剣を素通りすることはできなかった、とかか?」

「うーん……」

 まず第一に僕はトレジャーハンターじゃないので、未知の剣を素通りすることは普通にある。

 でも僕はE級鑑定士なので、「未知のアイテム」に弱い。

 既知のアイテムに溢れる世の中で、未知のアイテムを鑑定することだけが、鑑定士のランクを上げる方法だからだ。

 確かに僕はトレジャーハンターという夢を、鑑定士という職業を諦めるために村へ帰る途中だった。

 逆に言えば帰るまでは僕はE級だけど鑑定士だし、すぐ目の前にぶら下がっている冒険を手放すような真似は出来なかった。

 とまぁ、長い言い訳を考えていたが、早い話。

 もう一度、旅に出たかったんだ。

「ちょうどよかったよな」

「?」

 何が〝ちょうどよかった〟のだろう?

「フオフには、戦士の強さと商人のコミュニケーション能力が無いんだろ? 俺たちと一時的にパーティを組めば、無い部分を補える。お前の悩みも解決するじゃないか」

 バッサリと〝無い〟と言われると心に来るものがある。

「僕はブレイドさんが思うよりも遥かに戦う能力が無いですよ! もう冒険なんか危険なくらいに!」

 僕は半ばやけくそ気味にその場で胸を張った。腰の伸ばすために小休憩をしたかったのもある。

「そんなことに胸を張るな」

 ブレイドさんは、でっかく飛び出した岩の上に腰を掛けた。

「フオフは自分に無いものを深く考えすぎなんだよ。お前にはお前にしかできないこともあるだろ。トレジャーハンターに〝鑑定士〟の能力が必要な理由を考えたことあるか?」

「地の利を読んで、お宝の場所を推理する……サーチ能力とか、宝を鑑定する能力とか?」

 トレジャーハンターは宝を探し出すという目的がある。宝を見つけ出すためには、ある種の嗅覚が必要だ。


「そういうこともあるけど、それだけじゃない。たとえば、魔物には弱点があるし、強みもある。低級の魔物で、どの大陸にも大体生息しているスライムを例にとるとすると……」

 彼が岩肌を剣で削って、角張ったおにぎりを描いた。

「スライムだ」

 スライムの絵だったようだ。

「スライムと遭遇したらどうする?」

「逃げます」

「0点」

「ぐっ……!!」

 まぁ、それは冗談。


「スライムの弱点は透明な身体の中心部にある核です。その核にダメージを与えられれば致命傷を与えられます」

 そのスライムの種類にもよるけれど、低級スライムなら、斬撃属性に弱い。

「逆に、打撃属性の武器には強い。その分厚い身体に跳ね返されて、壁に当たったり、崖から落ちたりする。そうやって、どんなに簡単な魔物でも、命を落としたりすることもある」岩肌に描かれたスライムにバッテンを刻みつけた。

「そういう時、鑑定士はスライムをどう鑑定するか? スライムの弱点は何か? スライムの強みはどこか? どんな伝説の剣も使い方を間違えばダメージを与えられない木の枝と同等だ。鑑定士のお前が、俺たちの剣を最大限うまく使いこなせるように導くんだ」

「そんなこと……、スライムの弱点なんか、1度村の外に出たことのある人はみんな知っています。鑑定士じゃなくったって常識じゃないですか!」

「有名な魔物なら、覚えている知識のうちでなんとかなるかもしれない。なら次だ。ゴーレムと遭遇したら、どうする?」

 逃げます。と即答するのが常識だ。

 ゴーレムは魔法生物種のレベル25。土属性で、付近の岩の力を借りて身体を形作る。彼のパンチは岩にパンチされることと同等。動きはのろいが、その一撃は命に関わる。

 僕が戦ってどうにかなる魔物じゃない。

「逃げるなよ。お前には仲間がいる。ほら、ここに剣士と魔法使いがいるだろう。そういう時、どうやって仲間を助ける?」

「助ける? 僕が? 助けられるんじゃなく?」

「そうだよ。お前が俺たちを助けるんだ。鑑定士の知識と、観察眼でな」

 半信半疑。

 この僕が、僕の知識が、戦闘に役立つことがある……?

 ブレイドさんは座った岩を杖の剣で小突いた。

「まず、ゴーレムの身体に使われている岩を観察してみる。その岩の脆さは? 硬さは? 魔法効果は? ゴーレムは周囲の岩を使って身体を形作る。自らの形状を変化させる。つまり身体を形作る、岩によって対処法が変わる魔物なんだよ。身体がマナで出来ている魔法生物種ってのは、特にその傾向が高い。その身体を形作る材質によって強さや、攻略法が異なる魔物だ」


 土の種類は幅広い。川から流されて河口から積もり溜まった沖積土壌、火山の噴火によって出来た火山灰土、植物の落ち葉などが腐敗して出来た腐葉土、魔障が土に溶け込んで生態系に影響を与える魔障含有土、などなど。

 砂が河川によって運ばれ、集まり、圧力が加わると石や岩になる。地中深く、鉱石がマグマなどの熱で溶かされ、長い年月をかけて冷却される。その冷却期間に再結晶化が行なわれ、砂や石だったものが宝石として生まれ変わる。

 水分がどのくらい含まれているか、植物が共生している土壌か、鉄分やイオン、栄養がどのくらい含まれているか、酸の濃度、などなど。土はただそれだけでたくさんの情報を与えてくれる。その情報を正確に読み取れる人は限られてくる。


 試しに何パターンか考察してみよう。

 そのゴーレムの身体が砂や石、沖積土壌で作られたゴーレムだったら? 〝サンドゴーレム〟の攻略法は?

 砂に火属性は効果があまり無い。風魔法も同じく。沖積土壌の砂や石はとても脆く、簡単に水に流されるだろうから、水属性の攻撃が有効だ。剣や槍でつき刺せばヒビを入れることも容易いだろう。

 もしゴーレムの身体が沼地の泥だったら? 〝マッドゴーレム〟の攻略法は?

 沼地の泥は砂や石に水分を含み、滞留し続けた重い鎧だ。水分を含むため、水属性はあまり効果的な攻撃手段ではないだろう。逆に火属性で攻撃し、水分を飛ばすことでその重たい鎧は渇いて脆くなる。泥は斬っても傷口がくっついて、打撃属性で殴っても衝撃を吸収されて効果が無いけど、乾かして脆くしてからの打撃ならば効果抜群だ。


 じゃあもしゴーレムの身体が宝石の身体だったら? 見たことは無いけれど、ジュエリーゴーレムか。

 攻略法は宝石の種類による。水に弱い宝石なら水で攻撃しよう。宝石は美しい結晶化によって硬度が高いものもある。剣などの斬撃属性では歯が立たない場合もあるだろう。その場合は逆に打撃属性で打ち付けると当たりどころによってはその結晶にヒビを入れて割ることもできる。宝石の種類によって魔法付与効果が異なるため、注意が必要だ。


 今ざっと考えてみただけでも、一口に〝ゴーレム〟と言っても、水属性が効果的だったり、反対に火属性が効果的だったり、攻略法が異なることが分かる。


「その魔物に、一体どんな攻撃が通るのか? 鑑定士がパーティーを導くのは道の進み方だけじゃない。未知の敵への攻略法を導くこともできる。鑑定士の言葉を聞かないやつは冒険者じゃない。それだけ、鑑定士の言葉には必ず意味があるってことなんだよ」


 ふと空を見上げた。雲がまばらに浮かんでいる。

 都市部でパーティーを組んでいた頃のことを思い出す。僕は彼らを正しい方向へ導くことが出来ていただろうか? 僕の言葉を、きちんと届けられていただろうか?

「期待してるぜ、鑑定士。まだまだ、お前に出来ることはたくさんあるんだよ」

 空から視線を前方に移すと、小さい洞窟の入口が見えた。〝ニエニエの剣〟があるという、いわく付きの洞窟だ。

 ブレイドさんが、とても嬉しそうに笑って言った。


「さてと。お待ちかねの、ワクワクドキドキのお宝探しの始まりだ」

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