第3話 断罪大剣

 剣を構えた青年を取り囲んでいた盗賊たちが、一斉に青年に向かって武器を振り上げた。

 次の瞬間、不自然に盗賊達は前のめりに倒れこんだ。


「わっぷ!!」

 顔面から地面に激突し、呻いた。すぐさま起き上がって青年剣士に向かって突撃して行くかに思われたが、倒れ込んだ全員がそのまま起き上がることはしない。

「おいてめぇ!! 俺たちに何をした!!」

「足が動かねぇぞ!」

「離しやがれ!!」

「さぁね。早く立ち上がって攻撃してみせなよ」

「足が地面に張り付いて動けないんだよ!!」


 青年剣士は、剣の柄に手をかけたまま、剣を振り抜いていないように見えた。

 一体何をしたのだろうか。

 僕の目は何を見た? そう。彼は剣を振り抜いたわけではない。ただ、空から何かが振ってきたようにも見えた。魔法を使ったのか、魔具を使ったのか。そうでないとこの状況は説明できない。

 彼は身動きが取れない盗賊たちに歩いて近付いた。彼らの太い腕が、絶対に届かない安全な範囲でしゃがみ込む。

「あんたたちはしばらく動けないよ。ねぇ、盗賊さんたち。あんたたちなら、こんな剣の伝説を聞いたことはないか?」

「あぁ?」



 雷霆らいていが剣を伝い天空を引き裂いた。

 大地に突き刺さりし大剣は、

 流れ来る濁流だくりゅうを両断し、街を救った。


 勇ましいその剣、時を越え、我らを守りたまえ。



 彼はささやくように言葉を結ぶ。

「この先のスヴィバ村に残されている伝説。何か心当たりはないか?」

「……あぁ、そう言えば聞いたことあるな」


「さっすが盗賊だ! 宝物の情報網は商人に引けを取らない。ちょっと聞かせてよ」

 青年剣士は破顔させて、盗賊に近づく。

 その瞬間、盗賊は隠し持っていた短剣を青年剣士に突き出した。

 その一瞬の攻撃を、軽やかな足捌きで青年は後ろにかわした。


「おかしな魔法を使いやがって。殺してやる」

「なんだ、嘘か。嘘は嫌いなんだよ。真っ直ぐじゃ無い」

「盗賊団に何を期待してやがる。嘘と卑怯が俺たちの武器なんだ。商人よりも口が堅くて、凶暴だぜ!!」


 そんな盗賊の口上に僕はまったく気付かなかった。

 盗賊の一人が後ろから、僕の首に太い腕を回して締め上げたのだ。


「かはっ……!」


 息が苦しい。首を押さえ込まれるだけで、息が吸えないだけで、どこも斬られていないのに、傷ついていないのに、頭が、目の前が真っ白になっていく。

 身体に力が入らない。抵抗どころではない。立っていられない。意識が遠のいていく。


「おっと。弱すぎて殺しちまいそうだぜ」


 首元の腕が緩んだ。急いで息を吸い込む。視界がゆっくりと戻ってきたが、最悪だ。死が首に巻き付いている。

 大人しくしていようと思っていたのにこれだ。

 このまま大人しく時を待っていても、訪れるのは『死』かもしれない。盗賊の男の心臓の音が背中から聞こえる。彼らも必死に生きているのだろうか。僕は自分の心臓の脈もまたバクバクと強く脈打っているのを感じた。こんな時に相手の心臓の音が聞こえるなんて。

 僕は命のやり取りをしていた。だだっ広い荒野の真ん中で。これが僕の夢見たハラハラドキドキの冒険なのか? そんなわけない。これが僕が夢見ていた冒険だっていうのか。そんなわけ、そんなわけないだろう!


「できるもんなら斬ってみな。その大層な剣で斬ってみろよ。ただし、こいつごとな」


 僕に言っているのか。いや、あの剣士に言っている。まだ僕の短剣には、気づかれて、いない。

 短剣は、まだ僕の腰にある。だらしなく伸ばした右手は、短剣の柄に触れた。


「………………」

 青年剣士は閉口する。


 僕は人質、というわけか。

 青年剣士の不思議な魔法で身動きの取れなかった盗賊たちは次々と立ち上がった。時間の経過で魔法の効果が解除されたか。

 青年剣士は再び盗賊達に囲まれたが、それを気にしないように笑った。

「やれやれ。お前たちみたいな嘘つきには、そうだな。最近手に入れたこの剣を使ってみようか」


 青年剣士は命よりも大切と言っていた黒い剣を地面に投げ捨てた。ええっ!? と内心思った。

 そして腰のベルトにつり下がっていた道具袋の中に手を入れる。その袋の中からするすると、剣の柄を掴み取り出した。その青白い柄は大きな刀身に繋がっていて、不思議なことにその柄と刀身からなる剣の全長は、道具袋よりも大きく、長いものだった。

 小さな道具袋には到底収まりきらない大剣が僕たちの目の前に姿を現した。

 これは……、王国に伝わる収納術?

 収納魔法の中には、道具の体積を収縮魔法で小さくし、コンパクトに収めるものがあると聞いた。持ち運ぶことのできる道具の数で、冒険をどのぐらい有利に進めることができるかが決まってくる。彼は剣士でありながら、収納魔法にも長けているらしい。盗賊団を文字通り足止めしていた魔法も習得していることから、彼は優れた冒険者のようだ。たった一人で盗賊団を圧倒している。

 その青白い刀身には古代紋様が脈打ち、コアが明滅していた。明らかに普通の剣とは違う。おそらく魔属性を持った、特殊効果を付与された特別な剣。通称『魔剣』。

 そして、その剣とまったく同じ紋様の剣に僕は心当たりがあった。

「ま、な、ま、さか……!! 『断罪大剣エクスキューショナー』!!?」

 盗賊の首絞めは多少緩んでいたが、僕は別の意味で呼吸を忘れた。それほどにその剣はここにあってはいけない剣だ。こんな荒野の真ん中に突然現れるはずのない剣。


 青年剣士がにやりと笑った。

「お、まさかこんな荒野の真ん中で、この剣を知っている物好きがいるなんて、嬉しいね。そう、ご名答。この剣はその手の業界じゃあ有名な、いわくつきの剣なんだよ」

 青白い刀身の輪郭は揺らめき、向こう側が透けていた。あの世とこの世を繋いでいるとも言われている。

 あの剣はやばい。あの剣で斬られたら、本当にやばい。


「なんだ? その『えくすなんとか』がなんだってんだよ?」


 僕の首を締め上げている盗賊が聞いてきた。

 僕は、僕の知識が本当に間違いないか、頭の中で反芻しながら説明した。

 あの剣は伝説的な剣であり、レア度で言ったら最高レベル。なおかつ、実在自体が怪しまれている化け物みたいな剣。嘘みたいな本当の話。実際にこの目で見てもやはり信じられない。


「あ、あの剣は、超がつく極悪人・死刑囚のみが収監されている最悪かつ最終号監獄、『最果ての流刑地デデルグ・ウニユ』で使用されている処刑用の武具です。刀身がゆらゆらと揺らめき、実体は無いのだとか。ひとたびあの剣で斬られると、今世で積み重ねた罪の数だけダメージを受けるのだとか。そのダメージは体力を超過オーバーすると、来世にまで引き継がれ、生まれた途端に魂を八つ裂きにされる。罪人を末代まで滅ぼすとされる伝説の剣、です……。どうしてあなたがそれを?」


「もらったんだよ」

 青年剣士は事もなさげに言う。


「えぇええ……?」

 誰に、どうやって?


 村の歴史ある書庫に保存されていたかなり昔の古新聞に描かれていた剣。古代紋様がそのままだ。記されていた絵は白黒だったから刀身の色はわからなかったが、実物は青白いんだなぁ。向こう側が透けて見えるのはどうしてだろう。ゆらゆらと揺らめいて、境目がはっきりしない。魔剣をこうして間近で見られるなんて。本物はすごい。

 魔剣、初めて見た。すごい。すごい。こんな剣が世界にはまだゴロゴロと眠っているんだろう。すごい。

 そして、そんな剣を持っている、この青年は、一体何者なんだ?

 僕と年が変わらないくせに。魔剣を持ち、それを扱うほどの剣士なのか?

 極悪人? 処刑人? それは、この僕の鑑定士の目を持ってしても、わからない。

 ただひとつわかることは、この剣は、盗賊団のような悪人にとても最適な武器だということ。

 斬るというよりも、刀身が触れるだけでこの魔剣の効果は発動する。その効果を自分に適用されないように、持ち手の柄の部分があるだけに過ぎない。あの剣は、剣の形をした死神の鎌。処刑人のギロチンのようなもの。あの柄に巻かれている布は魔剣の効果、呪文を打ち消す解呪布かいじゅふだろうか。


 そこまで考えて、僕は思い当たった。

 あ、これ、僕も斬られるんだ。

 盗賊を人質ぼくごと斬るつもりだ。

 え。大丈夫かこれ。僕が斬られても大丈夫なのか?

 走馬灯のようにぐるぐると視界がぐらつき、今までの人生、その後悔の波が押し寄せてくるのを感じた。

 僕の、罪。

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