第5話 IFFがないのに後ろから打つと誤射るのじゃ!


 のんびりと宿屋の前に来たボスはその事態に愕然としていた。4名の部下が軒並み殺されてその前に放置されていることに。

 いーひっひっひ、気味悪かろう気味悪かろう。さあさあ逃げ帰れ逃げ帰れ。


「誰だあ! 俺様の大事な部下を殺したやつはあ! うおおおおおお! 〈バーサーカーモード〉!!」


 あっ……。


 ボス――ジャイアント雑種である――、こいつはバーサーカーモードと叫ぶと体を真っ赤に染め……。


「おらおらおらおらおらおらおらおら!!!!」


 おらおらラッシュでハンマーを振り回し、もの凄い勢いで魔導防壁を殴りつけていく!!

 どうしよう、魔導防壁は強固な魔法だけど、短時間で極端な負荷がかかると壊れちゃうって女将さんが言ってた!

 バーサーカーモードがどれだけ凄いのかはわからない。でも破壊に半日かかった村の門を即座に壊せるようなパワーで魔導防壁をぶん殴っているのはわかる。

 このままじゃ本当に壊れてしまうかもしれない。

 いまあたしは宿屋の外、ボスとは少し距離が離れていて気づかれている感じはしない。

 不意打ちで切りつければ少しは傷をつけられるか……?


 バンッ!


 賊が乗ってきた馬車の方から音がなる。


 ああ、幼女がいたわ。ハイエルフの幼女。あたしを呼んでるのかな。うーん、行くか。

 完全にあたしに気が向いてないボスを尻目に走り、馬車の後ろについてる移動牢獄にたどり着く。


 そこには完璧にかわいい顔をした幼女が完璧にかわいい(二度目)顔をこちらに向けて、完璧な両手を拘束具ではめられてなすすべのなく座っていた。


 かわいい。これがハイエルフか。


「牢獄には鍵がかかってるね。あ、幼女ちゃんこんにちは」

「挨拶はよいのじゃ。鍵は開けられそうかの?」


 ガキン!!


「切り飛ばした」

「……元気じゃのう。しかし、ワシの手枷はそうはいかんぞ」


 確かに手枷は切り飛ばしたら幼女も切り飛ばしてしまう。丁寧な解錠が必要だ。


「ちょっと見せて。……盗賊の七つ道具、ロックピックがあれば解除できそう」

「そんなのないぞよ……」


「大丈夫、私が持ってる。翠乃沃土! よろしく!」



 翠乃沃土の先端を2本のロックピック形状にして、左の部分と右の部分を切り離し、鍵をカチャカチャとやってガチャっと音が立つ。解錠成功!

 ありがとう翠乃沃土ちゃん、さすがあたしの相棒!


「よし! でかしたぞきつね! あの暴れん坊はワシに任せろ。魔法で粉みじんにしてやる! ただ……」

「それは凄い! で、ただ?」

「今の体力では魔力を溜めるのに時間がかかってしまうのじゃ。10秒間、10秒間あやつを狙い続けさせておくれはせぬか? さすればかならず仕留められる魔法を繰り出せる」


 あたしではあんな力を持つ野郎と先頭切って10秒間対峙するのはかなり厳しい。私は回避するのが前提で訓練されていたし、今もそういう鍛錬を積んでいる。でも回避したら幼女の狙いが多分定まらない。でも回避せず一撃もらったらあっさりと戦闘不能になると思う。あまり動かずに回避し続けられるのか?


 ……あれがあるか。


「うん、やってみせるよ。出来ないとこの村が皆殺しに合いそうだしね。ほかの捕まっている皆さん、必ず助けますから本当に少しだけ辛抱してください」

「よし、ではゆくぞ! 距離はそこそこ出る魔法じゃから、ワシは少し離れた場所で狙い始めるぞい」


 絶望的な差がある相手へ勇ましく向かう。あたしの頭の中では勇ましい行進曲が流れている。

 幼女はボスの約20メートル手前で止まり、魔力を練り始めた。きつね、距離感が良いのである程度の距離は目測できるのだ。


 あたしは幼女とボスの直線上に立ち、両手持ちも出来るサーベル「花草水月」をしっかりと握りこむ。まずはあたしに意識を向かせないと。


「うおおおおお!誠剣せいけんざん!」


 思い切り走り込み、かなりの勢いをつけて両手での袈裟斬りを放つ。

 背中にグサッと刺さる。かなりの力を入れた、力を入れた一撃のはずなのだが……。


「……なにかしたかあ?」


 ボスにはほぼ効いていないようだ。皮膚と皮下脂肪で止まってしまったのかな。あたしの攻撃は無力なのが証明されてしまう形だ。鍛錬不足だな。花草水月は切れないものがないのだから。


「なにかしたよ雑種野郎! 雑種のくせになめたことしてんじゃねー!」

「雑種って呼ぶんじゃねえええええええええ!!!!」


 ボスは怒り心頭、あたしに相対する。あたしに気を向かせるのには成功したようだ。あとは10秒間頑張るだけ!


 あと10秒

「死ねや糞がぁ!」

 ボスの大ぶりの振り下ろし。バックステップをして回避する。

「死ぬのはそっちだぁ!」

 即座に突進して突きを放ち距離を詰める。


 あと9秒

「俺はジャイアント族だあ! ふざけたことを言うなあ!」

 ボスの横薙ぎ。しゃがんで回避する。

「雑種は雑種でしょう!」

 立ち上がりからの切り上げ。やはり効いていない。


 あと8秒

「てめえの攻撃なんざ効かねえんだよ!」

 ボスのキック。武器以外の攻撃は想定していなく、吹っ飛ばされる。くそ、花草水月ちゃんの言うとおりなにもかも鍛錬不足だ。


 あと7秒

「おぅらぁ!」

 私が立ち上がる前に突進をかますボス。もろにくらってしまう。やばい、体が伸びきってしまった、立ち上がるのにも時間がかかってしまう。


 あと6秒

「へへ、部下は殺せたようだがそれまでだな。所詮は雑魚ってことだ!」

 ボスがハンマーを投げつけてくる。

「〈パリィ〉!」

 花草水月に角度をつけて、スキルも行使してなんとかかんとかハンマーを横にずらす。体が大分しびれてしまった。


 あと5秒

「じゃ、これでしまいだぁ!」

 ボスが一気に距離を詰めてハンマーを持ち、振り下ろしてくる。だめだ、避けられない。

「――マギスパワー・リリース! 空間障壁!」


 あたしの首に掛かっているネックレス――母の形見なんだ――が青く光る!


 ガンッ


「なんだあ!?」


 ボスが振り下ろしたハンマー、それがあたしの目の前で止まる。


「――あんたじゃこの障壁を貫けない。あたしは雑魚なんでしょ? ほら、殺してみなよ。雑種程度じゃ無理だけどね」

「くそったれがぁぁぁぁぁ!」


 ガンガンとハンマーを何度もたたきつけるボス。

 そのたびに一瞬青く光る壁が出来て跳ね返される。


「てめぇ! なにをしたぁ!」

「死んでから考えなー!」


 幼女! 10秒稼いだよ!


「くらえー! 〈エクストラファイアビーム〉!」


 後ろを見ていなかったからわからなかったけれども、幼女がとてつもない威力のビームを出したらしく。


 ボスは下半身を残して蒸発したのであった。


【キル! コンビ連携ボーナス! 獲得経験値300ポイント!】


 勝った!!



 でも……、


「あたしの毛という毛と着流しがズタボロに燃えたんですけどおおおおおお!!」

「すまぬ、精密射撃はできんかった。火が少し拡散して、おぬしにかかってしまったの……」


 あたしの全身の毛が燃え盛り、あたしが隠していたスケベボディをみんなに晒してしまったことと引き換えに、賊の集団を二人で殲滅したのであった。



 あ? そうだよ? あたしの毛とスケベボディを引き換えにだよ? なんか文句あっか?

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