第4話 魔神化の力

 交易路のど真ん中。そこで一人の少女が縦横無尽に駆け回っていた。


 それはまるで何もかもを切り裂く鋭い風のよう。少女は開けた大地を、縦横無尽に駆け巡りながら、強大な敵と戦っていた。


「キシャアアアアアア!!!!!」


 魔物が奇声を上げる。少女の攻撃に怒りを覚えたのだろう。しかし、魔物が怒るとは裏腹に、魔物の身体には傷一つついていなかった。


「このままでは……!」


 少女が動きを止めることなく、そう呟く。一瞬、少女は視線を地面に落とす。視線の先には、原型がないほど破壊された馬車。そこにある血だまり。少女は奥歯をかみしめる。


「誰かの助けが必要なのです……!

 私だけでは、街が……多くの人々が犠牲になってしまうのです!!」


 彼女の言葉と同時。


 ——無数の斬撃が宙を舞い、魔力が轟音を上げて爆ぜた。


***


「爆発音!? 交易路の方か!?」


 交易路から聞こえてきた爆発音。それなりに離れているここまで聞こえるということはかなりの被害だろう。急いで向かわなくては……!


「お前様! 少し待ちなさい!」


 走り出そうとしたその瞬間。ルシファーの声が僕を引き止めた。ルシファーは真剣な眼差しで僕を見つめている。


「ここで向かえばもしかしたらお前様の存在がバレるかもしれないわよ。その意味、理解しているんでしょうね?」


 ルシファーの言う通り、何かが起きたであろう交易路に行けば、誰かに見られるかもしれない。それがもし、教会やエンデュミオン家に関わりのある人なら?


 そうでなくても顔が広い人なら?


 僕の存在がバレて、命を狙われてしまうかもしれない。商業連合に向かうのが難しくなるかもしれない。それでも……。


「それでも僕は見捨てることは出来ない!」


 そう言って僕は再び駆け出す。ルシファーははあとため息を吐くと


「いいわ乗ってあげる。これは退屈しない旅になりそうね」


 そう言って後ろをついてきてくれるのであった。


 魔神の穴蔵から林を突っ切って、交易路へ。開けて見通しのいい平原に僕たちは出る。


「あれは……!?」


 爆心地と思われる場所で戦闘が繰り広げられていた。


 人と魔物の激しい戦いだ。


 平原を自由自在に飛び回り、常人では捉えきれないほどの速さで戦う少女、彼女は小さい身体で太刀を身体の一部のように操っている。素早い動きで魔物を撹乱し、ヒットアンドアウェイを前提とした戦いをしていた。


 そんな少女を彗星と例えるなら、魔物は恒星だ。


『——シャアアアアア!!!!!』


 それは身体から四本の巨大な鎌が生えていた。全身は血を被ったのかというくらい赤黒く、その巨躯は四メートルを軽くこすだろう。


「デス・マンティス!?」


 僕は思わず声をあげてしまう。デス・マンティス。本来ならダンジョンの深層や魔力が濃い樹海に出現するAランク相当の魔物だ。


 決して整備が行き届いた場所に現れるような魔物ではない。


「中々の使い手ねあの剣士。攻撃を確実に当てて、確実に避け、受け流しているわ。あんなに動き回っても体力が尽きる様子なんて皆無」


 ルシファーは少女剣士を見ながらそう言う。頭に大きな笠を被っているせいで顔は見えないけど、傷ついている様子も疲弊している様子も見られない。


 いや、それでも少女剣士が不利なのは否めない。デス・マンティスは高い再生能力を持つ。そのせいで攻撃が当たってもすぐに立ち直してくるのだ。


「あの子を助ける!」

「分かったわよ。古代魔法の中に攻撃できるものがあるのは分かっているわよね?」


 さっき古代魔法を使った影響だろうか。少しだけだけど、古代魔法についての新しい知識が流れ込んできたのだ。恐らく、この古代魔法もまだまだ先があるのだろう。


 僕は爆心地、それもデス・マンティスの前に立つ。すると少女剣士の方が話しかけてくる。


「ここは危険なのです。どなたか存じ上げませんが、ここは退いた方が身のためなのです!」


「大丈夫。君を助けに来たんだ」


「私を?」


 次の瞬間、背中に重みを感じる。恐らく少女剣士の背中だろう。


「見たところ君はあれに対して決定打がなく、あれの脅威を理解していると思う。違うかい?」

「貴方の言う通りなのです。今は警戒して手出ししてきませんが、あれの全力はとんでもない威力で……。足を止めるのも危険なのです」


 彼女が言う通り、デスマンティスは僕達……特に空を飛んでいるルシファーを警戒してて、下手に手を出してこない。ただ、こちらが動けばデスマンティスも攻撃してくるだろう。


「再生が追いつかないほどの大ダメージは僕が与える。君達には時間を稼いで欲しい。出来るか?」

「勿論ですっ! 貴方のことはまだ何も知りませんが……」


 背中に冷たいものを感じる。物理的ではなく精神的なものだ。少女剣士はこの瞬間から冷たい刃と化す。


「これが終わった時、ぜひお話をしてみたいのです」


 刹那、烈風が吹き荒れる。縦横無尽に駆け巡る止むことのない連撃が、デスマンティスを襲う。そして、その攻撃と共に僕の頭上で魔力の昂りを感じる。


「人間にしては中々やるわね。

 封印されていたし、本当に久しぶりの魔法ね。さて、うまく使えるかしら?」


 少女剣士の動きに合わせて、無数の斬撃がデスマンティスを襲う。見えない魔力による斬撃。これがルシファーの魔法なのか?


「僕は自分の魔法に集中する」


 そう言い聞かせて、僕は魔法を発動する準備をする。右手を前に突き出し、右手に魔力を集める。


魔砲キャノン!!」


 少女剣士の動きに合わせて魔力を解き放つ。球体状に圧縮された魔力がデスマンティスの正面を捉える。


「シャアアアア!!!!」


 デスマンティスが危険と感じたのだろう。四本の鎌に魔力を集中させて、僕の魔法に対抗しようとする。それを見た二人が。


「そうは——」

「させないわよ!!」


 まるで歴戦のコンビみたいに、ルシファーの少女剣士は四本の鎌を切り落とす。デスマンティスが体勢を整えるよりも早く、僕の魔力がデスマンティスを抉る。


 じゅわああという水分が蒸発する音。それが鳴ると同時、デスマンティスの上半身は消滅した。身体の大半を失ったせいで再生することが出来ず、デスマンティスは魔石だけを残して完全に消滅した。


「なんとかなって良かった……」


 緊張が解けて、ついつい身体から力が抜けてしまう。その場に座り込もうとした時だ。少女剣士は僕の前に着地したかと思うと、腰の太刀を前に起き、跪いた。


「えーとこれは?」


「命を助けてもらった恩なのです。どうか私の剣を貴方に預けさせてください」


 な、な、なんか大変なことになってしまった感じ?

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