第5話 【エンデュミオン家side】 その頃エンデュミオン家では

「この味付け薄いぞ!! 作り直してこい!!」


 レイヴン達がデスマンティスとの戦闘を終えた頃。エンデュミオン家では、チートが傲慢な行いをしていた。


「チート様に仕えろと言われたけど……」

「レイヴン様がどれだけいい人物だったのかよくわかるわ……。はあ」


 廊下ではメイド達がチートに対する不満を口にしている。追放されたレイヴンの代わりに、養子として来たチート。その言動は最悪だった。


 傲慢で乱暴。そしてわがまま。些細なことで怒鳴り散らかす。初日でメイド達は精神的に疲弊していた。


「無駄口叩いてないで仕事には迅速に取り掛かりなさい。いつもより丁寧にかかりなさい。チート様が不快にならないように」


 そんなメイド達を叱り、キビキビと纏めあげるメイドが一人。青髪が特徴的な、チートやレイヴン達と同い年くらいの美少女だ。彼女の名前はエリス・グリフィン。エンデュミオン家のメイド達の中でかなり古株だ。


「チート様、替えの食事が出来るまでこちらをどうぞ」


「おう。お前、中々に可愛いな名前は?」


「エリスと申します。以後お見知り置きを」


 エリスは深々とおじぎをしながら、チートへそう名乗る。チートはエリスをマジマジと見た後。


「お前を俺の専属にしてやる! お前の見た目は俺の好みだ。これからは俺のために尽くせ!」


 などと言ってきたのだ。エリスはこの時、わずかに爪が皮膚にめり込んでいた。エリスとてチートにいい感情を抱いていない。


 チートの専属メイドになるのはまっぴらごめんであった。しかし、エリス達の雇い主であるズール・エンデュミオンからはこう命令されている。


『チートの命令には従え。チートの機嫌を損ねるな』と。


 チートは【勇者】のスキルを持っている。それはこの世界を探し回っても見つかるかどうか分からないほど貴重な物だ。


 ズールはチートを成り上がるために養子にしたのだ。チートが勇者の力で功績をあげれば、それは立派なエンデュミオン家に功績となるから。


「……分かりました。これからはそのように」


 エリスはそう告げて、退室しようと一歩下がった時だ。チートはエリスが思いもしなかった発言をする。


「専属メイドっていうのは夜に世話をしてもらえるって聞いたんだが、本当か?」


 冷静沈着で、どんな仕事にも真摯に向き合い、常に使用人として感情を表に出さない、それが他人から見たエリスの評価だ。


 そんな彼女はメイドとしてプロ意識が高いだけであって、普通に感情はあるし、年相応の反応をする。勘違いされやすいけど普通の女の子なのだ。と言うのが、彼女がかつて仕えており、彼女が唯一心から慕っている青年の評価。


 エリスはチートの発言に一線を越えかけた。頭に血が上り、今にも魔法を使いそうなほど魔力が荒ぶるが、自分の立場を思い出し、寸前のところで踏み止まる。


「……チート様は高貴なお方。私のような使用人ではなく、相応しい方がいられるかと」


「それもそうだな。下がっていいぞ」


 エリスは退室して、廊下に出る。廊下でポケットの中から懐中時計を取り出す。懐中時計を開くとそこには。


「レイヴン様……貴方が生きていたらと、私は心の底から思います」


 そこには幼き日のレイヴンとエリスが写った写真が嵌め込まれていた。


 エリスがレイヴンの生存を知るのはもう少しだけ先の話である。

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