第2話 奈落の底の魔神様
「赦されよ、赦されよ、封印されし魔神よ、我らの不敬を赦されよ。
忌み子の肉体と魂を代償に、我らの不敬、我らの罪を赦されよ」
教会の人が魔神に祈りを捧げている。
魔神の穴蔵。僕は今からそこに一人で入ることとなる。ここに入ったら最後、戻ってくることはできない。
何故ならそこは奈落だからだ。忌み子はここに飛び降りることで魔神の生贄となる。つまりここで飛び降り自殺をしろということだ。
「忌み子よ祈りは終わりました。
貴方は死と共に祝福され、救済されるのです。魔神の生贄になることで数多の人々を救い、死をもって最大の栄誉を与えられるのです!!!」
そんなこと言われても……馬鹿らしい。
スキル一つで忌み子と言われ、死と共に多くの人々を救う。僕にはそんなことする必要何一つとしてないのに。
抵抗する気力は失せていた。何もかもに見捨てられて、死ぬことしか出来ないって分かっていたから。
「今回は楽でいいぜ」
「へへへ、いつもは中途半端に抵抗してくるからな」
大柄な男が二人、僕の両腕を掴んで引きずる。あと少しで奈落に突き落とせると言ったところでだ。大柄な男の一人が、僕に視線を落とす。
「へへ、こいついいもん付けているじゃねえか」
「服の装飾に宝石と銀が付いてやがる。臨時ボーナスだなこりゃあ」
男達は強引に僕の服から装飾品を奪い取る。細かい装飾とはいえ、売ればそれなりにお金になるだろう。
僕はそんな乱暴されても、何も言うことは出来なかったし、ピクリと身体を動かせるわけでもなかった。
「ありがとうよ貴族のお坊ちゃん。じゃあな!!!」
男がそういって、奈落へ僕を投げ入れる。
これで死ねるんだ。
何もかもを失った痛みから解放されるんだ。
そう考えると少しだけ楽だった。
でも、でも!!
「ううう……!!!」
悔しい。ただただ悔しい。スキル一つでなんでこんなにも酷い目に合わないといけないんだ!!!
ただ、誰かに必要とされたかった。誰かに一緒にいてほしかった。認めてほしかった!
「こんなところで終わりたくない」
死が直前にあると知って、僕はようやく自覚する。まだ、こんなところで終われない。終わりたくないって。
「見返してやる……! どんな手を使ってでも奴らを見返してやる!! ここで死んだら来世で、来世でダメだったらその次で!!!
スキルが絶対の価値観を!
僕を忌み子って呼んだ全てを!!
全部全部見返して、そして認めさせてやる!! 言わせてやる!!」
奈落へ落下していく中、僕は大声で叫ぶ。死んでも忘れないように。生まれ変わっても忘れないように。この魂の奥底に刻み付けるようにして。
「僕が無価値なんかじゃないって!!! ここにいてもいいんだって!!!」
その言葉がどこかに届いたのか。落ちていく中で、ある声が聞こえた。
『いいわよ。ここまで来なさい』
***
「……く、……やく」
「う、うーん……」
遠くから声が聞こえる。もう少しだけ寝ていたんだ。後少しだけ。
「……まで」
「あと少し。あと少ししたら起きるから……って」
え……?
僕、なんで話せるんだ?
あれ、僕って奈落から落ちて……死んだはずだよね?
それになんか頬に当たっている、柔らかいような硬いような、妙に弾力のないこの感触は一体……?
「え、え!? な、なんで!? 僕、死んだはずじゃないの!!!?」
僕は魔神の穴蔵に飛び降りて死んだはず……。なのにこうして意識があって、身体は傷一つ付いていない。ということは……。
「ここは死後の世界?」
「そんな場所じゃないわよ。貴方はしっかり五体満足で生きてるわ」
超至近距離から女の子の声が聞こえる。さっきから視界が妙に暗いっていうのに気が付いて、僕はバッと顔を上げる。そこには。
「おはよう。色々言いたいけど、一つだけ言わせてもらうわ。何が、妙に弾力がないですって?」
ここにきて、僕は自分の置かれている状況を理解する。
どういうわけか知らないけど、奈落に落ちた僕はあろうことに、女の子の直上に落ちてきた。そして、僕がさっきまで顔を埋めていたのは……。
「僕は小さいのも好みです!!!!」
「誰もあんたの趣味は聞いてないわよ!!!」
ズがんと蹴り飛ばされる僕。
僕が落ちてきたのは女の子の胸の上だったのだ。
「全く呼び寄せる人間を間違えたかしら? それっぽい気配と、感情を漂わせていたからここに召喚してあげたというのに」
彼女はそう口にしながら、長い紫の髪を揺らす。
玉座に座り、無数の鎖で繋がれた紫の髪の少女。白くてボロボロのワンピースを着た可憐な少女。
「き、君は?」
答えなんて分かりきっているはずなのに、ついつい僕はそう聞いてしまう。彼女は黄金の目を細めて、愉快そうな笑みで応える。
「ルシファー。何千年とここで封印されている正真正銘の魔神よ」
「ルシファーってあの……」
何かの書物で見たことがある。
曰く何千年前に存在した最強の魔王。
曰くその魂を十二に分けないと封印出来なかった魔王。
曰く、当時の勇者、魔王、ありとあらゆる勢力が協力しても倒すことが出来なかった天災。
何千年と経った今でもルシファーを封印した方法が不明と言われるほどの伝説。
「と、というかなんで僕は生きているんですか!?」
「それは貴方が【魔神の器】という稀有なスキルを持っているからよ。もしかして自分のスキルも知らないのかしら?」
自分のスキルすら知らない……って、そりゃあ忌み子って言われるきっかけになったスキルを知ろうとも思わなかった。
「【魔神の器】はそれ単体では何の意味もなさないわ。ただ、封印された魔神の元へ導いてくれるスキルよ」
「つまり……僕はスキルに導かれて、死なずにここまで来れたということ?」
「その通り! 理解が早いのは助かるわっ!! 何千年と待ち続けた甲斐があったというものね!!」
ってはしゃぐように喜ぶルシファー。
でも、そうなると一つ疑問が湧いて出てくる。それは――。
「どうして、魔神に導かれるのに、教会の人達は僕を魔神の生贄なんかに?」
「私の機嫌を満足させるために、貴方を食べさせるためじゃないのかしら?」
「え……
ルシファーの言うことが本当なら辻褄は合う。僕は何の力も持っていない。ルシファーがその気になれば、僕なんか一瞬で食べることが出来るんじゃないのか?
「冗談よ気にしないで。純粋に教会の連中が知らなかっただけでしょう。魔神の器なんていうスキル滅多に現れる物ではないから」
そういえば何千年も現れなかった呪われたスキルって言っていたな。
ということは中途半端に伝承が現代まで伝わってしまったのだろう。時間が経過すれば記録も、いろんな要因で廃れていく。
「取って喰らいたいわけじゃないわ。どっちかと言うと、私は貴方に協力を求めたいわ」
「協力……?」
ここでルシファーの言葉を思い出す。魔神の器はそれ単体では何の意味もなさないと。このスキルは魔神である彼女と協力することで真価を発揮するのか?
「魔神の器の所有者は、魔神の封印を解き、魔神と契約することが出来るわ。ということで私の封印を解いてくれないかしら?」
封印を解く……?
って……ええ!?
「ええええええ!? い、いやいやいやいや、何を言っているんですか!? 貴女はやばい存在だから封印されたんですよね!? な、なんで僕が封印を解かないといけないんですか!?」
「本人を前にしてヤバいと言える胆力、益々貴方のことが気に入ったわ! 何、悪いようにはしないわ。というか、【魔神の器】に封印を解かれた魔神は、いわば主従関係みたいな感じになるしね」
なんかもっと喜ばせてしまったみたいだ。
それに主従関係?
「どういうことなんですか?」
「言葉通りよ。言い換えるなら、封印を解くための代償ね。【魔神の器】はレア中のレア。それこそ【勇者】なんて目じゃないほど。
その力に頼らなくては封印された魔神は封印を解くことが出来ない。けれどそれでは器側にメリットはないでしょう?」
た、たしかに彼女のいう通りだ。
封印解かれる魔神はメリットあるかもしれないけど、解く側である器にはメリットがない。だからこその主従関係なのか?
「それだけじゃないわ。魔神は封印が解かれる時に、器に魔力を捧げる必要がある。この時【魔神の器】のスキルは進化して、更なる力を得るのよ。
貴方も理不尽にここに落とされたまま、ここで一生を過ごすのも嫌でしょう?」
彼女の言うことには一理ある。それでも伝説では世界の脅威である魔神の封印を解くことに抵抗はある。彼女の封印を解くには知らないことが多すぎるのだ。
「だとしても、まだ君の封印を解くことは出来ない。
君の封印を解くには、僕は余りにもしらないことが多い。だから聞かせ欲しい。君は――封印から解かれた時、何をするつもりなんだ?」
知る必要がある。彼女のこと、魔神のこと。なぜ封印されていたのか。
それを知ったからじゃないと、彼女の封印を解くことは出来ない。
「いいわ。何が聞きたいの?」
「貴方と話している感じ、伝わっていることと、真実には乖離があると思います」
ルシファーと少し話してわかった。彼女は伝説みたいな存在とは少しかけ離れる。普通に喜んで、普通に怒る――言ってしまえばどこか人間っぽいのだ。
「鋭いわね。魔神は世界が危機に直面した時に現れるセーフティーよ。
世界の危機を脱した時、魔神は自らを封印にかけるわ」
役目が終わったら自分で自分を封印する。それは初耳だ。というかルシファーの話全て初耳だ。
「封印された直後はそれなりに人が来たり、定期的に遣いがやってきたんだけどね。
ここ数百年くらいかしら? ぱったりと絶えたのよね。人が来るの」
「まあ、今の王国では魔神は恐れられていますし」
王国では魔神という存在は、口に出すのすら恐れられている。遣いが来ていたなんて話聞いたことも、記録も見たこともない。
「きっとどこかのタイミングで伝承が書き換わったんでしょうね。
私は外に干渉する術を持たないから。気にしていないけど、何者かの手によって色々歪められたのね」
「伝承が歪められた……?」
それだとルシファーという存在と、王国で伝わっている伝承の内容が異なることに納得がいく。何者かが、何かの目的で、魔神の伝承を歪めたということになる。
「久しぶりに人間が来たと思ったら、警戒されているのはそういうことだったのね。地上では私はどうなっているのかしら?」
「えーと、一言で纏めるならとてつもない天災ですかね」
「何よそれ……。いや、まあ、強かったことは否定しないけど」
王国に伝わっている、ヤバい存在という伝承と実際にこうして触れて、感じた印象。どちらを信じるべきか、言うまでもない。
「生まれ変わる必要なんてなかったかな」
ルシファーは言っていた。彼女の封印を解き、彼女と契約すれば魔神の器は更なる力を得ると。
落ちていく中で終わりたくないと思った。
見返してやりたいと思った。
認めさせたいと思ったんだ。誰かに必要とされたい――そう思ったのなら。
「いいよ。君の封印を解く」
「へえ……。どうしてそう思ったのか聞いてもいいかしら?」
面白そうに口をゆがめるルシファー。僕は覚悟を決めて、彼女の瞳を見る。
「聞いていただろう? 見返してやるんだ。僕を見捨てた全てに。認めさせるんだ僕という存在を。力を得て、どんな手を使ってでも成り上がるんだ」
生きる目的なんて今更それ以外にない。
そう……だね。死んだと思った人間が成り上がったら、エンデュミオン家の人間はさぞ慌てるだろう。もしかしたら吠え面かくかもしれない。
「ええ。いい趣味しているわね貴方。貴方のためならこの力を奮ってあげることはやぶさかではないわ。なら、私に協力なさい。世界に散らばった私の羽根。それを全て見つけて取り込むのよ。私の全てを取り戻した時、貴方はこの世界で並ぶ者なき最強となるわ。そしてその時——」
鎖が一つ、また一つと消滅していく。彼女の指が僕の左胸をツンと突く。彼女はニヤリと笑って。
「この胸の奥に、大切に隠している本当の願いは果たされるわ」
この瞬間、直接的な言葉は無くとも、僕らの間で契約は果たされた。ルシファーを封印していた鎖が全て消滅し、彼女の肉体は解き放たれる。
「これからよろしくね。なんて呼びましょうか? ご主人様? マスター? それとも……レイヴン様かしら?」
「僕らは主従関係だけど、それ以上に一心同体、運命共同体だ。じゃあ呼び捨てで構わないよ」
「そう、それじゃあ」
僕はこの日の出来事を、魔神に成り果てようと忘れることはないだろう。彼女の笑顔はこの魂に刻みつけられるのだから。
「これからよろしくね。お前様」
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魔神ルシファーとの契約を確認しました。
スキル【魔神の器】が【
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