第20話 ラグランジュ点

 冬夜は目を覚ました。目の前には真っ白な天井が広がっている。起きあがろうとすると全身に鋭い痛みが走った。ゆっくりと起き上がり、状況を確認する。ここが病院の個室だということを理解した。彼の体には包帯が巻かれており、腕には点滴の管が繋がっている。

 近くの机に置かれていたデジタル時計の日付を見ると、あれから一週間ほど経っていた。時計の近くにきらりと光る何かを見つけ、手を伸ばしてみる。


「これ……梅香の……」


 それは梅香が毎日肌身離さずつけていた、水色の宝石のネックレスだった。


「なんでこれがここに──」


 ガラガラと音を立ててドアが開き、悠人と斗狗が入ってきた。


「やっほー……ってあれ、目が覚めたんだね!」

「悠人、病院では静かにしろって毎日言ってるでしょ」


 悠人の手には花が握られている。相変わらずの様子に冬夜は笑みをこぼすが、ハッと何かに気づき、目を見開く。


「あ、キラーは? 梅香は……!?」


 焦る冬夜に対して、斗狗が優しく返した。


「安心しろ。梅香ちゃんは無事だし、キラーは捕まったよ。全部、お前のおかげだ」


 ほっと息を吐く冬夜。悠人は窓際に置いてある花瓶に花をさした。そして二人は近くの椅子に座り、ゆっくりと状況を説明し始めた。



 キラーと冬夜が刺し違えたあと、先に倒れたのはキラーだった。冬夜は小さな息を吐きながらゆっくりと振り返り梅香の無事を確認すると、静かに倒れた。梅香は戸惑いながらも即座に救急車を呼んだ。震えながら電話越しに事情を説明すると数分後に救急車と警察が到着し、二人はすぐに搬送された。病院に着いた二人は救急治療室に運ばれる。梅香は警察に呼ばれ、事情聴取を受けた。その後、合流した斗狗、悠人、そしてシンギュラーと共に家に帰った梅香はシンギュラーから話を聞かされた。


「キラーは回復次第ですぐに逮捕されるだろう。そうなればキミの護衛も必要なくなる。キミは一般人だからもう、私たちとは


 梅香は何か言いたげだったが、言葉を飲み込み小さく頷いた。シンギュラーは頭を優しく撫でると、では、と立ち去ろうとする。その背中に向けて梅香は「あ、あの!」と叫んだ。その眼は潤んでいた。


「最後に……会いに行ってもいいですか。目が覚める前に」



「それで、そのネックレスを置いてったよ。母親の形見なのにいいの? って聞いたら『あたしにはこれがありますから』って錆びて切れたチェーンを見せてくれた」


 斗狗の言葉に耳を傾けながら、冬夜は梅香のネックレスを見つめる。


「キラーは逮捕されたから、斗狗と悠人ぼくらの仕事も終わり」


 冬夜は顔をあげる。


「それって……」

「事実上、組織は解散だよ」


 悲しげな顔を見せる冬夜に、悠人が焦りながら言った。


「でも別に梅香ちゃんと違って会うなってわけじゃないし。ボクたち友達だから、冬夜が退院したらまた遊んだりできるよ。それに……」


 悠人はにやりと笑った。


「ボクに焼肉を奢るって話だったしね」

「あ、てめぇ覚えてやがったな!」


 二人の会話にははっと笑った斗狗。


「そこまで元気ならもう十分だね。じゃあ僕らはこの辺で帰るよ」

「えー、もっと話してようよ」

「そんなこと言ってると帰りが遅くなるよ」


 斗狗は悠人を連れて病室を出た。一気に静まり返った病室で一人残った冬夜。梅香のネックレスを抱えると小さく嗚咽を漏らし始めた。その微かに聞こえる声を病室の外でドア越しに聞く二人は、何も言わずにただ俯いていた。


✳︎


徐々に、通常通りに戻っていく。毎日、何に怯えることもなく当たり前のように学校に行く梅香と碧。そして──


「ねぇ、早く行こーよ!」

「そんなに急いだって焼肉は逃げやしねぇんだから、ったく。おい、行くぞ斗狗」

「……なるべく安いのにしてくれ」


 解散してもなお、楽しげに遊ぶ三人の姿が街中にあった。その冬夜の首元には、綺麗な水色の宝石のネックレスも。

 もう二度と交わることのない各々の日々がまた始まるのだった。

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