第19話 killer
♢
おれは何者なんだ。
「──くん。どうしたの?」
おれは小さい頃から『ここ』にいた。どこかもわからないこの場所でたくさんの子どもたちと大人と一緒に生きていた。
みんなとおれは髪の色が違う。それをみんなおかしいって嗤うんだ。
「どうして人は生きてるの?」
そう言うと大人は不思議そうな顔をする。
「──くんはおかしな子だね」
大人はそうやっておれを嗤うんだ。
✳︎
「──くん」
名前を呼ばれ、おれは顔をあげる。
「虹に黒はないんだよ」
虹の絵を描く時間。おれの手には黒いクレヨンが握られていた。おれは黒色が好きなんだ。黒で虹を描きたいんだ。でも、またみんながおれを嗤うんだ。
夜。トイレのために起きたら電話をしてる大人がいた。
「──くん。普通じゃないからちょっと大変なのよね。もう一人くらい増やせない? 夜勤一人じゃちょっと大変で……」
『普通』ってなんだ。おれはふとそんな疑問を抱いた。灰色の髪が『普通』じゃないのか。生きてる意味を聞くことは『普通』じゃないのか。虹を黒で描くことが『普通』じゃないのか。おれは……『普通』じゃないのか。
みんなには親がいるけどここにいる子どもたちには親がいなくて、大人が親の代わりをしているみたいだった。おれは親に捨てられたらしい。
親が生きている。その事実がおれの胸を高鳴らせた。会いたい、会ってみたい。どんな親なのか、どうしておれを捨てたのか。きっと今なら、もう一度おれと一緒に過ごしてくれるだろうか。
親に会いたいと何度も大人にせがんだ。大人が大事に持っていた住所の書かれた紙を見せて、ここにいるんでしょって。でも大人は許してくれなかった。あっけなく紙を奪われ落ち込んでいると、とある子がおれに言ったんだ。
「親は──のことが嫌いだから捨てたんだよ。戻っても虐待されるだけだからやめときな」
って。おれはその言葉に怒ってそいつを殴った。おれの親はきっとそんなんじゃない。もっと優しいはずだ。
騒ぎを聞きつけた大人が止めに入ったけど、おれの怒りは治らない。大人の制止を振り切っておれはこの場所を飛び出した。七歳の冬だった。
それから半年かけて家を探した。まだ頭の中に残っている、紙に書かれた住所を思い出しながら彷徨い、そしてようやくおれの親が住んでいる家を見つけた。ここが、おれの生まれた家。拳を握りしめ、鼓動を高鳴らせながらおれはインターホンを鳴らした。しばらくして、ボサボサの髪の女性が出てきた。
「……誰、あんた」
おれにはすぐにわかった。この人がおれのお母さんだと。震える声をおれは絞り出した。
「お、おれ……おれのお母さんですか……?」
今までで一番顔が熱かったと思う。嬉しさと恥ずかしさでいっぱいになっていた。そんなおれを、お母さんは強引に家の中に入れた。
「何、あんたもしかして捨てたのに帰ってきたの?」
おれを置いてスタスタとリビングに行くお母さん。
「あんたがいるとこ他の人に見られたくないから、気が済んだらいなくなってくれる?」
家の中は薄暗くて、物が散らかっていた。タバコとお酒の匂いが染み付いていて、どこにいっても臭い。リビングに行くと、男の人がテレビを見ながらビールを飲んでいた。あれがおれのお父さん……?
お父さんはおれに気づくと睨みつけてきた。
「なんだぁ、そのガキ」
「捨てたのに帰ってきてんの。孤児院に連絡して迎えにきてもらおうかしら」
引き出しの中を漁るお母さんにおれは少し恐怖を感じつつも、勇気を振り絞って尋ねた。
「どうして……おれを捨てたの? おれ、もう一度ここに住める?」
引き出しを漁っていたお母さんの手が止まり、こちらをじっと見つめる。次の瞬間、お母さんとお父さんは大笑いした。
「冗談言わないでよ、あんたがここに住めるわけないじゃん。いい? あんたには兄がいるの。そいつの面倒で手一杯だからあんたを捨てたの。孤児院ならあんたを可愛がってくれるでしょ。わかったらとっとと帰りな。迎えにきてもらうから」
「冬夜はそもそも弟の存在自体知らないしな」
おれの中から恐怖が消えた。代わりに芽生えたのは、溢れんばかりの憎しみだった。
テーブルの上に置いてあった果物ナイフを手に取り、お母さんの首を切った。大量の血が噴き出し、おれの体に飛び散る。そんなことなど気にせず、おれはそのまま、怯えているお父さんの首も切りつけた。ちょうどその時、何かが落ちる音が聞こえ振り向くと、おれより少し背が高いくらいの少年が、手に持っていた鞄を落とし立ち尽くしていた。全身傷だらけで、普段から虐待されていることがすぐにわかる。頭には深く帽子をかぶせているが、灰色の髪が少し見えた。
おにいちゃん
おれはその言葉を飲み込んだ。冬夜の目がひどく怯えていたからだ。弟だって知られるのが怖かった。おれは全てを隠して窓から逃げ出した。涙を堪えながら一生懸命に走った。真夏で汗だくになりながら、次第に隠していた涙が溢れ出してくる。
なんで涙が出てくるのか、おれにはわからなかった。きっと期待を裏切られたからだろう。でもその時のおれには何もわからずただ泣きじゃくるばかり。そんな時、路地裏で真っ黒なスカーフを見つけた。おれの好きな黒い色。おれはそのスカーフを頭に巻きつけることで髪の色と顔を隠すことにした。名前も捨てた。そして新しい名前をつけることにした。
「
響きもいいし、意味もかっこいい。こんなおれにピッタリじゃないか。殺人をした、哀れなおれに。
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