第14話 夏祭り

 夏祭り当日。冬夜は愕然とした。


「お前さぁ……」


 悠人はきらきらと目を輝かせている。だが、冬夜の中には怒りが込み上げてきていた。そしてそれを大声で梅香にぶつけた。


「浴衣を着るなって言っただろ!」


 梅香はへらっと笑った。白地に青い花模様の浴衣に身を包み、水色の宝石のネックレスを首につけている。髪の毛はしっかりとシニヨンヘアになっていた。いつもと違う雰囲気を漂わせる梅香の姿に悠人は笑顔を見せる。


「かわいいね、梅香ちゃん! すっごく似合ってるよ!」

「そうかなぁ、えへへ。ありがとうございます、悠人くん!」

「えへへ、じゃねぇよ! もっと動きやすい服にしろ!」

「そう言ってやるなよ、冬夜。梅香ちゃんがかわいそうだろ」


 梅香は少し困ったような笑みを浮かべる。どうしたものか、と冬夜は頭を抱えた。ついこの間怖い目にあったばかりだというのに、危機感が全く感じられない。守らなければいけない身としては浮かれていられない状況なのだ。そんな二人の間に斗狗が割って入った。


「周りを見ろ、冬夜。この辺りはいつもより人が多いし、出店も並んでいる。一般市民に危害を加えないキラーは今日は出没しにくいんじゃないか?」

「……でもっ」


 冬夜と梅香は一度、街中で襲われている。それが彼にとっての懸念材料になっていたのだ。すると今度は悠人が口を開いた。


「三人で守るんでしょ?」


 冬夜は深くため息をついた。


「わかったよ、ったく」


 梅香の表情が一気に明るくなった。


「やったあ、ありがとうございます!」


 こうして浴衣姿の梅香と、他三人で夏祭りを楽しむことになった。

 夏祭りは多くの人でごった返していた。その人混みをかき分けながら進んでいく四人。だが人の波に飲まれ、徐々にバラバラになっていく。冬夜は離れないように咄嗟に梅香の手を掴んだ。梅香の心臓が大きく高鳴る。


「おい、大丈夫か?」

「……あ、はい!」


 呆然としていた梅香は冬夜の言葉でようやく我に返った。冬夜はそんな梅香の心情の変化など知りもせず、手を繋いだままキョロキョロと辺りを見渡す。


「こんな人多いのか、まいったな。あいつらはどこ行った?」


 二人は斗狗と悠人を探すが、あまりの人の多さにはぐれてしまったようだ。すると冬夜の通信機から悠人の声が聞こえてきた。


「冬夜ー。ボクたちはぐれちゃったみたいだから後で合流しよう。それまで梅香ちゃんは任せたよ!」

「今どこにいるんだよ、迎えに行くから──」

「怪我してるボクたちがいてもそんな役に立たないだろうから、どうせなら遠くからキラーを探してみるよ! じゃ!」

「あ、おい!」


 強制的に切られてしまった。あまりの身勝手さに苛立ちながらも、深く息を吐き落ち着かせる。この人混みの中にいれば、とりあえずキラーに狙われることはないだろう。冬夜は梅香の手を引き、ゆっくりと出店を見てまわる。


「冬夜くんは何か食べます?」

「ん、ああ、せっかく夏祭りに来たんだし、少しくらいならいいか」


 冬夜の目に止まったのはりんご飴。目を輝かせながらそれを買い、食べ始める。黄金色の飴に見惚れる冬夜の目を見て、ふふっと微笑む梅香。


「んだよ」

「別にー。あ、あたしヨーヨーやりたいです!」

「子どもかよ、ったく。せっかくの浴衣汚すなよ」


 そう言いながらりんご飴にかぶりつく冬夜。彼が犬だったらきっとぶんぶんと尻尾を振り回しているに違いないような表情だ。はたから見たらどちらが子どもかわからない。その様子を梅香は微笑ましく思う。

 ひとしきり夏祭りを堪能し終えた頃、大きな音とともに夜空に光の花が咲き乱れた。花火だ。思わず立ち止まり、見入る梅香。


「綺麗ですね」


 冬夜も夜空を見上げる。確かに綺麗だ──と、冬夜は心の中で返事をした。梅香は冬夜を見るとはにかんだ。


「ちょっと、座りましょうか」


 ちょうどカップルが立ち上がり、誰もいなくなったベンチに二人は座った。ここなら花火もよく見えるし、人もいるのでキラーに襲われる心配もない。梅香は恥じらいを振り切るように深呼吸をすると静かに言った。


「あたし……冬夜くんのこと、好きです」


 冬夜は驚きながら梅香を見つめる。花火を見つめる梅香の頬はほのかに赤く染まっていた。


 なんの冗談だ?


 冬夜はその言葉を飲み込んだ。そして冬夜は静かに言った。


「悪い」


 その言葉で梅香はフラれたのだと自覚した。込み上げてくる熱い何かを堪えて立ちあがろうとすると、冬夜が引きとめるように話しだした。


「……オレは今、そういうこと考えらんねぇんだ」


 まだ何か話したい様子の冬夜。梅香が黙って座り直すと、ぽつりぽつりと語り始めた。


「オレ、ガキの頃からこの組織にいたから中学はほぼ行ってないんだけど、その時の担任の先生と仲が良かったんだ。でもオレのせいでその人、死んじゃって。……好きだったのかもしれねぇな、その人のこと。今でも夢に出てくるんだ。お前と……かぶるんだ。だから悪い。オレが前に進めるまではお前のこと、恋愛対象として見れねぇんだ」


 梅香は俯く。少しだけでも冬夜が自分のことを話してくれたことが嬉しくて。梅香は静かに涙をこぼしていた。


「は!? おい、泣くなよ! 悪かったって!」


 慌てふためく冬夜。だが梅香は泣き止まない。冬夜は頭をかくと梅香の茶髪の髪をぽんと撫でてやった。梅香が泣き止むまで、冬夜はずっと梅香の手を離さなかった。


「みーつっけた!」


 聞き馴染みのある声に二人は驚き、梅香は咄嗟に涙を拭くと手を離した。立ち上がり振り向くと、そこには悠人と斗狗がいた。


「キラー見つからなくてさあ、もう人も少なくなってきたし帰ろうかってなったんだ」


 そう言いながら梅香を見た悠人。瞼を真っ赤に腫らしている様子で、さっきまで泣いていたのは明らかだった。それに気づいた悠人だったが、言葉を飲み込み笑顔で一言いちごんした。


「さあ、お家に帰ろう!」


 梅香も笑顔で返す。


「はい!」


 そんな笑顔を見て冬夜はホッと一息つく。こうして四人はわいわい騒ぎながら楽しげに家路を辿った。

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