第15話 髪色
夏祭りも終わり、夏休みも後半に差しかかったある日の真昼間。突き刺すような日差しに項垂れる暑さ。連日の猛暑によって体は夏バテ気味である。そんなアイスが恋しい時節の折、脅威はひたひたとすぐそばまで迫ってきていた。
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黒いスカーフが風にのって、ゆらゆらと揺れる。その鋭い眼差しで見つめるのは、街の中を楽しげに歩く茶髪の少女、梅香だった。隣にはボディーガードの冬夜もいる。仲睦まじげな二人の後を、キラーは辺りを伺いながら追っていく。空きビルの屋上をつたい、一歩ずつ、一歩ずつ。時折ポケットからピストルを取り出し狙いを定めるもうまくいかず、またポケットにしまっては後を追いかける。
そうしていくうちに二人は街をはずれた。そして
屋根の上から飛び降りると、
「変装かよ……!」
思わずそう言葉をこぼす。シリウス、ベテルギウス、そしてシリウスの真横に位置する建物の窓からそれらを見張るプロキオンは不敵な笑みを浮かべた。
♢
遡ること数日前。三人は基地に集まり、毎日のように話し合っていた。ここのところ梅香が外に出ていないため、キラーも姿を見せなくなったからだ。せっかく斗狗が新しいピストルを開発したのに、使う機会がない。涼しむ方法が扇風機しかないこの基地で三人は唸るばかりだ。暑さで頭が回らない中、行き詰まった悠人が突然言い出した。
「じゃあ、梅香ちゃんを囮にするのはどう? 梅香ちゃんが外に出れば、キラーも姿を見せるでしょ!」
「は? 却下だ。そんな危険な行為、梅香にさせられるか」
冬夜はキッパリと意見を否定した。だが悠人は変わらずの笑みを浮かべながら冬夜に向けて指をさす。
「違う違う。冬夜が、梅香ちゃんになるの」
「……は?」
思わず固まり、それ以上の言葉も出ない冬夜。十秒ほど間が空き、ようやく理解した冬夜は恐る恐る口を開く。
「つまり……女装ってことか……?」
「うん!」
「やだよ! なんでオレなんだよ……つか、なんで女装なんだよ!」
「本物を囮にしたら危険だからだよ」
ドヤ顔を見せつける悠人に、冬夜は頭を抱える。
「じゃあお前がやれよ! 言い出しっぺなんだから」
「ボクと梅香ちゃんって身長差十センチくらいあるでしょ、無理無理」
「オレの方が身長差あるわ! 意味わかんねぇ!」
飛び火しないようにソファに寝そべりながら二人の会話を聞いていた斗狗だったが、あまりにもバカすぎる会話に思わず読んでいた本を閉じて言葉を挟んだ。
「別に、女性警察官呼んで梅香ちゃんになりきってもらえばいいだろう」
悠人はポカンとした後、大袈裟に手を叩いた。
「あ、その手があったか」
「ふん、最初からそのくらいテメェの脳みそで考えろや」
「お口が悪いよ、冬夜クン」
悠人は頬を膨らませて冬夜を睨むが、冬夜はお構いなしに椅子に座ったまま頬杖をついた。その様子に斗狗も呆れたように息を吐く。こうしてシンギュラーが女性警察官を手配し、囮作戦が始まったのだ。
♢
キラーがまんまと罠に嵌められたことに気づいた時には、すでに四人に包囲されていた。こんな狭い路地ではもうどこにも逃げ場はない。シリウスが通信機でベテルギウスに静かに呼びかけた。
「体内に入れずに掠めてよ、ベテ」
「わかってらあ」
弾はそれぞれ一発ずつ。シリウスが開発したピストルを持っているのはベテルギウス、シリウス、プロキオンのみ。つまり合計で三発しかない。体内に打ち込んでしまっては回収ができないため、身体を掠めるようにして血液を採取しなければならない。そんな高難易度なことができるのは、ベテルギウスかシリウスくらいだろう。
三人は作戦を立てていた。まずプロキオンが撃つ。これが外れるのは想定内。キラーはこれでようやく建物の上からこちらを狙うプロキオンの存在を感知した。上に注意をとられているうちにベテルギウスが撃つ。それを避けると踏んだ方向に向けてシリウスが撃った。シリウスの弾が見事にキラーの首を掠め、弾はダーツの矢のように壁に刺さった。すかさず全員がピストルを持ち替えて、一斉に攻撃態勢をとる。
キラーの心の中には怒りが募る。今までどんな時でも有利だったのは、先手をとってきたのは自分だったのに、と。だがそれも一瞬で、すぐに頭を切り替えたキラー。今ここに標的である梅香はいない。となれば自分がここにいる理由はないのだと、すぐに理解することができた。
キラーはプロキオンのいる建物の壁に向けて少し小さめのランチャーを放った。銃口から針のついたロープが放たれ、建物の壁に突き刺さる。
「逃げるぞ! 追え!」
ベテルギウスが誰に向けてでもなく叫んだ。その瞬間キラーは空を飛ぶ。風に煽られながらロープに吸い寄せられていくキラー。風でキラーのスカーフが揺れ、少し解ける。そこから見えたキラーの髪色をプロキオンとシリウスは見逃さなかった。灰色に白の混じった髪色。それを見た二人は動きを止める。唯一動いたのはキラーとは逆方向にいるベテルギウスのみ。だがそれも間に合わず、苦し紛れにピストルを撃つばかり。そんな弾は当たらず、キラーは屋上まで行くと颯爽と姿を消した。
目の前でキラーを逃したベテルギウスは怒りを二人にぶつける。
「なんで追わねぇんだよ! お前らの方に逃げただろうが!」
「それは……」
シリウスは言葉を詰まらせた。プロキオンが急いで頭を回して声を出す。
「ご、ごめん。ボクの判断がもっと早ければよかったね……」
シリウスは壁に刺さった弾を抜き、見つめる。真っ赤な血がほんの少しだけ入っていた。それを懐にしまうと、静かに言った。
「……とりあえず、今日は帰ろうか。目的の血液採取はできたんだから」
ベテルギウスは苛立ちながらピストルを懐にしまうと、基地の方に歩き出した。シリウスは女性警察官と少し話すとベテルギウスの後を追う。プロキオンはキラーの髪色を思い出しながらピストルをしまい、後片付けを始めた。
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