第13話 おしゃれ
傷が浅かったこともあり、梅香は翌日から学校に登校した。お父さんや碧たちにはかなり心配されたが、梅香はうまく誤魔化して過ごした。
そして──
「うう〜」
「どうしたん? 梅香。そんなこの世の終わりみたいな顔をして」
机に向かう梅香を碧が心配そうに……いや、にやにやしながら見ている。梅香は碧を見つけると「碧〜」と抱きついた。
「なんだ、なんだ。期末がやばそうな顔をしているなぁ」
「そーなの! お願い、碧! あたしを助けて!」
碧は学年の中で常に三番目くらいに頭の良い生徒だった。それに引き換え梅香はあまり勉強が得意ではない。碧は自分の席に座った。
「やだね」
「ひどい! この薄情者!」
「うちだって勉強しないとだも〜ん」
梅香は涙目になりながら期末テストを乗り切ろうと必死に勉強をする。そんな彼女の茶髪の頭を碧は優しく撫でた。
「頑張れよ」
その後、ようやくテストが終わり、クラス中が一気に夏休みモードに入る。帰ってきた成績を見て安堵の表情を浮かべる梅香。
「テストどうだった?」
「なんとか赤点回避! 碧は?」
碧は黒い短髪を翻し、ドヤ顔で数学のテストの答案用紙を見せた。
「わ、すごい! 百点だ! 今回の数学、平均点低かったのに」
「だろう?」
にこにこの碧に梅香が突然の提案をした。
「ね、碧。夏休み中に洋服買いに行きたいんだけど、一緒に行かない?」
「お、なんだ、デートか?」
「そ、そんなんじゃないよ……」
そう言うが、色白の頬が少し赤らんでいる。恋愛初心者の彼女をそれ以上いじめるのはよくないと判断した碧は笑顔で返す。
「いいよ、いこっか」
梅香の中で夏休み中の楽しみが一つ増えた。碧とのショッピング、そしてもう一つが夏祭りである。街全体が装飾され、梅香の家のそばにも出店が並ぶ。夏祭りはそれほどまでに街にとっての一大イベントなのだ。
夏休みに入り、夏祭りまであと一週間に迫ったこの日。梅香は碧と共にちょっと遠くのショッピングモールまで来ていた。冬夜はそんな二人の様子を、碧に気づかれないように影からこっそりと見守る。なんとか動けるようになった斗狗と悠人は、付近の警備と共にキラーの捜索を進めていた。二人は互いに通信機で連携をとる。
「プロキオン、新しい通信機の調子はどうだい?」
「いい感じ、よく聞こえるよ。シリウスはまだ完全復活してないから、無茶は禁物だよ」
「お前こそな」
一方で女子二人は洋服屋さんに入る。夏祭りの時に着ていく服を選ぶためなのが、碧は不満がある様子。
「梅香、夏祭りなのに浴衣じゃなくていいの?」
洋服を選んでいた手が止まる。
「う、うん。なんか浴衣は絶対だめって言われちゃって……」
「えー、なんでよ。夏祭りデートって言ったら浴衣じゃん!」
梅香の脳内には冬夜に言われた言葉がぐるぐる巡る。
『万が一、キラーに襲われた時に逃げやすいように、浴衣は絶対着るんじゃねぇぞ! 下駄もだめだからな!』
そのまま伝えるわけにはいかないと、梅香は咄嗟に嘘をついた。
「ほ、ほらあたしドジしがちだから、転んだりしちゃうかなって彼なりの気遣いだよ!」
「……そっかぁ、うちは浴衣の方がいいと思うけどなぁ」
洋服を選びながら、梅香は少し寂しげな顔をした。
「あたしも……浴衣着たかったよ」
無事に洋服選びも終わり、二人はショッピングモール内のフードコートでご飯を食べることに。
「ねえ、碧」
「ん?」
箸を置き、急に神妙な顔つきになった梅香に何かを感じた碧も、食べていた手を止める。
「やっぱりあたし、浴衣着たい……。だって、せっかくの夏祭りなんだもん。それに……」
そこで口を閉ざした。俯き、色白の頬をピンク色に染める。先の言葉を悟った碧はしばらく黙ると、そっけなく言った。
「着れば良いじゃん」
「でも……」
「当日、何も言わずに着ちゃえば良いじゃん。着ちゃったものはしょうがないってきっとなるよ。それで着替えてこいなんて言う男はいないって。もしそれを言うような男だったらうちはやめとけって思うけどね」
碧は右手をパタパタと振って「無理無理」とアピールをすると、テーブルに肘をついて身をのりだし、鋭い眼差しを向ける。
「女の子のおしゃれをなめんなよ」
迫力に気圧され、梅香の背筋に何かが這うような感覚が襲った。
すると碧はにいっと口角をあげると乗り出していた体を戻し、座り直す。
「ね、梅香! だってさ、浴衣って着るの大変なんだよ。それに合わせて髪の毛も整えなきゃいけないしさ。その時間や努力を全部水の泡にする男なんかサイテーだよ」
碧は手にしていたコップを勢いよくテーブルに叩きつけた。
「頑張れ、梅香」
碧に背中を押され、手にしていたコップに力が入る。
梅香は水をグイッと喉に流し込み、元気よく返事をした。
「うん!」
その目には決心の色が宿っていた。
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