第10話 好きの気持ち

 一時間半の食べ放題を堪能した四人は、悠人の意向でその後も食べ物屋さんをまわることになる。そしてもうすっかり日が落ちきった頃、ようやく解散した。三人に見送られた梅香だったが、食べ過ぎたことが原因で一晩中腹痛に悩まされ、睡眠不足のまま次の日を迎えた。いつも起きる時間より大幅に遅く起きてしまった梅香は急いで学校の支度を済ませ、家を出る。


「す、すみません遅くなって……ってあれ、今日は悠人くんですか?」


 家の前で待っていたのは冬夜ではなく悠人だった。悠人は梅香に気づくと元気に挨拶をした。


「やっほー、梅香ちゃん。あのね、冬夜が熱出しちゃったみたいで代わりにボクが来たんだー」


 行こー! と先陣をきる悠人。いつも通りの様子に梅香も思わず微笑んだ。


「大丈夫なんですかね。あの冬夜くんが熱を出すなんて、なんか意外ですね」

「大丈夫だよ。ああ見えてよく熱出すんだ。特に食べ過ぎたりするとねー。面白いでしょ?」


 あははっと笑う悠人に梅香は苦笑いを浮かべる。冬夜が熱を出した原因は彼にあると、梅香は瞬時に察知した。そして自分の睡眠不足の原因も……。


「ねぇ、梅香ちゃん」

「はい、なんですか?」


 前を歩いていた悠人が突然振り返り、立ち止まる。


「梅香ちゃんって冬夜のこと好き?」

「え……嫌いじゃないですけど……」

「そうじゃなくて、恋愛的にだよ」


 恋愛……。梅香は立ち尽くした。冬夜といるとどこか胸が高鳴るような気がする梅香。だがそれが恋愛感情なのか、梅香自身わかっていない。


「わ、わからないです……」


 眉を下げ、俯く梅香を悠人はじっと見つめる。そして静かに笑みをこぼした。


「そっか」


 また歩き始めた悠人の後ろをゆっくりとついていく。すると悠人が口を開いた。


「もしも、冬夜のこと『ああ、好きー!』って思ったらさ、ちゃんと冬夜に伝えてあげてほしいんだ。冬夜、結構そういうのに気づかないタイプだから、梅香ちゃんの方から言ってあげればきっと冬夜も気づくと思うんだ」


 梅香は自分の足元を見ながら静かに考える。恋愛とはどんなものだろうか。自分は冬夜のことを好いているのだろうか。冬夜は──


「さあ、着いたよ。また帰りに迎えにくるからね」

「あ、はい……」


 悠人と別れた梅香は深いため息をつきながら教室の中に入る。自分の席に座ると、碧が寄ってきた。


「どうした? そんなため息なんかついて。悩める子羊か?」

「うん……」


 碧は自分の席に座り、歯を見せて笑う。


「話、聞くよ」


梅香は意を決し、碧に話し始めた。


「自分の気持ちがわかんなくなっちゃって。あたし……冬夜くんのこと好きなのかな」

「冬夜くんってのはあの灰色の人?」


 碧の問いに梅香は静かに頷く。碧は小さくため息をつくと立ち上がり、あのさぁと言った。梅香は顔をあげる。


「迷ってるってことはもう答え出てんじゃん。そんでもって梅香が悩んでるのって冬夜くんって人が自分を好きかどうかってことじゃない?」


 図星だと言わんばかりに、梅香は碧から目を背けた。碧はしっかりと梅香を見つめる。


「そんなことは考えなくていいの。自分がどうありたいかが大事なんじゃん」


 自分がどうありたいか……。


「自分の気持ちに素直になりなよ」


 だんだんと梅香の頬が色づいていく。梅香は拳を握りしめると決意の眼差しを梅香に向けた。


「ありがとう、碧」


✳︎


 下校途中。街をはずれ、人気ひとけがなくなってきたところを見計らい、梅香が悠人に尋ねた。


「どうやって三人は組織に入ったんですか?」

「どうしたの? 急に」

「なんとなく気になって……」


 ただ話題を作りたかっただけなのだが、と思っているとあっさりと答えてくれた。


「ボクは道で野垂れ死にそうになってたところをシンギュラーに拾われたんだ。その頃にはもうすでに冬夜も斗狗もいたよ。確か斗狗は……」


 悠人は近くに公園があることに気づいた。


「長くなりそうだからちょっと寄り道しようか」


 二人は公園のベンチに腰掛けた。悠人は記憶を一生懸命掘り起こすように唸りながら梅香に話してくれた。


「最初に組織に入ったのは冬夜。親が亡くなったことで警察に保護されて、同時期にできたこの組織にそのままって感じ。で、斗狗は高校を卒業したあとだったかな、詳しくは教えてくれなかったけど。なんかピストルを持った冬夜を偶然見かけちゃって、斗狗って大のピストル好きだから見過ごせなくっていろいろ聞いたらしいんだ。それで冬夜が仕方なく勧誘したんだって。おかげで今じゃ、斗狗も組織一のスナイパーだけどね」


 悠人はへらっと梅香に笑いかけた。


「ボクはさ、冬夜みたいになんでも器用にこなせるわけじゃないし、斗狗みたいに何か一つのことに夢中になれるわけでもないからさ。……ちょっと羨ましいよね」


 遠くを見つめる悠人の瞳はいつもと違って元気がない。そんな悠人を見つめながら、梅香は声を絞り出した。


「あ、あのあたし──」

「危ない!!」


 突然悠人に引っ張られ、梅香はベンチから落ちて地面に尻もちをついた。その瞬間、銃声と共に梅香の真上を銃弾が通り過ぎた。


「よりによって今来るのかよ……。卑怯だなぁ」


 悠人が睨みつけたその先を梅香は見つめる。一軒家の屋根の上に佇む一人の男性。頭に黒いスカーフを巻きつけたそれは、キラーだった。

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