第9話 焼肉
目が覚めた冬夜は、自分が床で寝ていたことに気づく。
「あれ……なんでオレ床で寝てんだ。……ああ、昨日──」
ガザガサの声でそう呟いた。とりあえず時間を知るためにスマホを探す。なんとなくベッドに放り投げられたバッグが目についた。
「確かここに──やっぱりあった」
時刻は午前十時。今日が日曜日でよかったと、冬夜は胸を撫で下ろした。
「これが平日だったら遅刻だな」
そう笑いながら通知を確認すると、悠人から着信がきていた。それも十件以上だ。あまりの数の多さにドン引きしながら、冬夜は悠人にかけ直した。
「あ、もしもし冬夜、起きた? おはよー」
三コールほどですぐに出た悠人は、喧嘩した後にも関わらずテンションが高い。まあ、悠人は寝たら忘れるやつだからな、と思いながら冬夜は返す。
「おはよーじゃねぇよ。起きたから電話してんだろ。つか何回電話かけてんだよ、昨日と今日は休みとっただろオレ」
「知ってるー。だから電話したんだよ。ボクたちも今日は休みだよー」
何やら悠人の後ろから聞き覚えのある声がした。不意に冬夜は嫌な予感を抱く。
「まさかとは思うが、もしかして、みんな集まってるのか?」
「よくわかったね、そうだよー。斗狗も梅香ちゃんもいる。あのね、みんなでお昼に焼肉食べようって話になったの。だから冬夜も早く来てー。待ってるからね!」
そう言われ、悠人に切られてしまった。通話の切れたスマホを見つめながら、冬夜は思わずこぼす。
「……強制かよ」
✳︎
少し不機嫌そうな顔をしながら街で三人と合流した冬夜。
「遅いよ冬夜、早く行こー!」
「なんで昼から焼肉なんだよ」
「いーじゃん、お肉美味しいでしょ?」
「そういう話じゃねぇよ」
先頭を悠人と冬夜が歩き、その少し後ろを斗狗と梅香が並んで歩く。ゴムでしっかりと束ねてある冬夜の髪がゆらゆらと揺れるのをぼうっと見つめる梅香に、斗狗が小声で言った。
「あれでも昨日は喧嘩してたんだよ」
「そうなんですか、一日で仲直りできるんですね」
「それができるのはあの二人だけだよ」
ふっと小さく笑みをこぼした斗狗。その様子に梅香も思わず微笑む。
「みんな仲いいんですね」
そう言われた斗狗はスッといつもの無表情に戻った。
「彼らと僕は別の人種だよ」
「なんか言ったか斗狗」
何かに気づいた冬夜が振り向き睨むが、斗狗は表情を一切変えずにスタスタと歩きながら返す。
「別に」
「嘘だ、絶対悪口言ってただろ」
「ねー、お腹空いたから早く行こーよ」
そんな会話を聞きながら、梅香は羨ましそうに三人を見つめる。そのうちに冬夜が一人遅れている梅香に気づき、声をかけた。
「おい、ぼさっとしてんな。早く行くぞ」
その言葉を聞いた梅香は少し嬉しそうに三人の元に駆け寄った。冬夜は梅香の表情を見て不思議そうな顔をする。
「何にやにやしてんだよ」
「別にー」
「梅香ちゃんも焼肉楽しみなんだよねー」
「はい、楽しみです!」
「ふん、焼肉ごときでアホらし」
街の中をまとまって歩く四人は、いびつながらもどこか楽しげな雰囲気だった。
焼肉屋さんに着いた四人。冬夜と梅香、斗狗と悠人のペアで四人席に座った。席につくなり、早速悠人がメニュー表を開いた。
「これとこれと……これも食べたいな。あ、これも。キムチ食べる人ー」
「じゃあ食べようかな。あとサラダも」
と、斗狗が手を挙げた。梅香は首を横に振る。すると冬夜が口を挟んだ。
「辛いもん食べたら舌がバカになるぞ」
「え、そうなんですか……!」
思わず梅香が反応する。悠人はメニュー表を見ながら言った。
「冬夜の言ってることは気にしなくていいよ、梅香ちゃん。冬夜は辛いもの嫌いだからって全否定しないの」
「うるせぇ、そんなんじゃねぇよ」
「はいはい、そうだねー」
悠人は冬夜の言葉をさらりとかわし、どんどん注文していく。あまりの量の多さに梅香は少し心配の色を見せる。
「そ、そんなに頼んで食べ切れるんですか?」
すると斗狗が真顔で悠人を指さした。
「心配ない。全部こいつが消費してくれる」
「こう見えて悠人は大食いだからな」
男性陣三人の中で一番小柄な悠人。しかし食べることが大好きな彼は誰よりも大食いだった。食べても太らない体質の悠人を、梅香は少し羨ましげに見つめる。
頼んだものが続々と届く。サラダにキムチに豆のナムル。お肉はまだ届かないので、先にそれらを消費をしていく。と言ってもほとんど斗狗と悠人のぶんなのだが。大きい器に盛られたサラダを黙々と食べる斗狗に、冬夜が思わず突っ込む。
「お前はほんとに肉食わねぇよな。あいつなんかめっちゃ食うぞ」
と、悠人を指さした冬夜に、斗狗は無表情で返す。
「あれと一緒にしないで。僕はカロリー高いのが好きじゃないからね」
『あれ』呼ばれる悠人。
そこへようやく主役のお肉たちが届くと、悠人がどんどん焼き始めた。
「はい、焼けたよー。次のお肉はもうちょっと待ってねー。はいそこ、まだ焼けてないから!」
「出たよ指示厨。仕事の癖が出るんだよな、あいつは」
「そこうるさいぞー。みんなのために焼いてるんだから」
焼けたお肉をそれぞれのお皿に置いていく悠人。それはもう慣れた手つきだった。梅香は自分の髪を鬱陶しそうにしながらお肉を食べる。
「うぅ、髪の毛縛ってくればよかった……」
すると隣で見ていた冬夜が自分の束ねていた髪を解き、無言で梅香に渡した。呆然とする梅香に、冬夜は苛立ちながら髪の毛を指し示す。
「汚したら大変だろ、早く結んで食え」
「あ、ありがとうございます」
結びながら、ちらりと冬夜を見る。初めて見る彼の自然な姿に、顔が思わず熱くなった。
すぐに食べ始めた冬夜も、どこか鬱陶しそうにしていた。
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