第8話 夢


 何度も何度も同じ夢を繰り返す。これで何度目だと、冬夜は夢の中で思う。十一の時に目の前で両親を殺された冬夜は、心にひどく傷を負った。警察に保護され、すぐにシンギュラーと共にキラーを捕まえるために動き出した冬夜。それから三年が経った頃。

 この日冬夜はキラーを追い、街のはずれにある公園の木の影に身を潜めていた。手にピストルを構え、じっと建物の様子を伺う。


「ちくしょう、どこ行ったあいつ……」

「ねぇ、君もしかして冬夜くんじゃない? どうしたの、こんなところで」


 冬夜の真横に黒髪の綺麗な女性が立っていた。それに気づいた冬夜は思わず固まる。


「……誰」


 女性は自分のことを指差して小さく微笑んだ。


「私、凪星子。あなたの担任よ」


 冬夜は席があるだけで学校には行ってない。そのため先生の顔など覚えてもいなかった。先生の顔をじっと見つめていた冬夜はふと、自分の手にピストルを持っていたことに気づいた。慌てて隠すがもう遅い。


「あれ、それ……」


 先生に言われ、冬夜はひどく動揺した。組織のことは誰にも知られてはいけないと、シンギュラーから教わっていたからだ。一般人それも子どもがピストルを持っているなど、どう考えても不自然だ。何か言い訳をと考えていると──


「凪じゃないか」


 不意に冬夜の後ろから声がし、振り向くとそこにはシンギュラーがいた。


「シンギュラー、知り合いですか?」


 安堵の表情でそう聞いた冬夜。すると先生はふっと微笑んだ。


「あら、シンギュラーなんて名前で呼ばれているのね」

「裏にまわされたからな、本名は隠さなくては。冬夜、この人は私の警察時代の元同僚だよ」

「警察? 先生もとは警察だったの? すげぇ!」


 キラキラとした瞳で先生を見つめる冬夜。先生はふふっと笑った。


「そんなにすごくないわよ。でもそっか、まさかうちの生徒が裏で生きているなんてね」

「凪、このことは秘密にしといてくれよ。私の本名も」

「わかってるわよ、シンギュラー」


 先生は優しく冬夜の頭を撫でる。人に頭を撫でられるのはとても久しくて、冬夜にとってすごく温もりを感じさせる行動だった。

 それから冬夜は仕事の合間を縫って先生に会いにいくようになる。先生も仕事で忙しかったのだが、冬夜のために頑張って仕事を終わらせてくれた。そのうちシンギュラーからスマホをもらった冬夜は毎日のように先生に電話をかけるようになる。先生も冬夜の楽しげな声を聞いて、つらい仕事も頑張れるようになった。


「へぇ、キラーを追ってるの?」

「そう。なかなか捕まえられないんだ。いつか絶対捕まえてやる」


 そんな話をした。先生が休みの日は二人でカフェに入って話をする。


「先生ってお仕事大変?」

「大変よ、でも冬夜くんほどじゃないわ」

「オレも大人になったら先生になろうかな」


 そう言いながら冬夜はホットココアを啜る。先生はへらっと笑ってみせた。


「私はあんまりおすすめしないなぁ」

「なんで?」


 少し困った顔を見せた先生はブラックコーヒーを啜ると、冬夜のあることに気づいた。


「冬夜くん、室内なのに帽子取らないの?」


 冬夜の頭には黒い帽子が深く被せてあった。冬夜は少し恥ずかしそうにその帽子をゆっくりととった。現れたのは灰色とところどころに白が混じった長髪だった。


「みんなと髪色が違うから嫌なんだ。みんなみたいな色がよかった」


 冬夜は周りを見回す。黒や茶色はいれど、灰色も白もいない。先生は黒い長髪をいじりながら優しく微笑んだ。


「私はその髪色、すごく好きよ。先生だから染めることはできないけど、先生辞めたら私も灰色にしようかしら」


 その笑顔に、冬夜の胸がドキッと高鳴った。頬が真っ赤に染まり、思わず下を向く冬夜。


「や、やめないで……。ずっと先生でいて。オレの……目標だから」

「わかったわ、辞めない。ずっと先生でいるよ」


 先生は小指を出した。冬夜も小指を出し、二人で指切りを交わす。


「約束」


 冬夜はとびきりの笑顔でそう言った。冬夜にとって先生との話が何よりの幸せだった。

 しかし冬夜はだんだん先生の異変に気づく。会う頻度が少しずつ減ってきた。そして会っていても何かを気にしている様子の先生。笑顔も減っていき、時折見せる先生の笑みはなんだかぎこちない。そんな先生の様子を心配しつつも、冬夜は何も聞く気にはなれなかった。

 そんなある日、突然先生から電話がかかってきた。キラーを捜索中だった冬夜はなかなかそれに出れない。何度も何度もかかってくる電話。キラーを見失わないように必死に追いかけていた冬夜に、突然背中から声をかけられた。


「冬夜くん!!」


 振り向くと、電話を手に持った先生が息を切らしながら走ってきた。


「先生、なんでここに──」

「冬夜くん、今すぐここから逃げて!」

「え……?」


 先生は冬夜の両肩を掴み、必死にどこかへ逃そうとする。だがわけのわからない冬夜は先生の手を振り解いてしまった。


「どうしたの、先生」

「いいから早く……」

「わけを言ってよ、じゃなきゃオレ、わかんない──」

「いいから早く逃げなさい!」


 先生が必死に叫んだ。それは冬夜にとって恐怖でしかなかった。何かとても焦っている様子の先生。その時だった。乾いた音と共に冬夜の目の前で鮮血が噴き出した。そして先生がゆっくりと倒れていく。それはまるでスローモションのように冬夜にはうつって見えた。


「……え?」


 冬夜のななめ後ろ側には、ピストルを持ったキラーがいた。それに気づいた冬夜だが、すぐにキラーは逃げ出してしまった。


「冬夜……くん」


 名前を呼ばれ、呆然としていた冬夜ははっと先生の方に意識を向けた。


「先生、どうしよう……オレ……」


 冬夜の手に先生の血がつく。急いで処置をしようとするが頭が回らず、とりあえず先生の傷口を必死に圧迫してみた。しかし流れ出る血は一向に止まらない。


「わ、私ね……キラーの存在を知ってしまったから……キラーに狙われてたみたい。……ごめんね」

「オレが言ったから……? やだよ! 先生、死なないで!」


 先生は涙を必死に堪える冬夜の頬を優しく撫でた。


「泣かないで……ほら、先生も泣いてない……でしょ……」


 そう言う先生の頬を涙がつたう。冬夜は必死に先生に泣き叫んだ。


「やだよ! もっと楽しいお話いっぱいしたいよ! オレの目標でいてほしいよ! 約束したじゃん、すっと先生でいてくれるって! だから……」

「冬夜くん……大好きだよ……」


 冬夜の頬から先生の手が離れる。冬夜は泣きじゃくりながら先生の手を掴んで離さなかった。

 その後シンギュラーに見つけ出され、すぐに救急車で病院に運ばれた先生だったが、その命はキラーの手によって奪われてしまった。


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