第2話 『裏組織』

「だからさ、ボクは──」


 女子高生は意識が覚醒すると、横たわったまま目だけを動かし辺りの状況を確認した。男三人が薄暗い空間でテーブルを囲んで喋っている様子が見える。それが彼女にとって知らない男たちであることはすぐにわかった。少女が目を覚ましたことに茶髪の男は気づき、近寄る。


「あ、起きたみたいだよ」


 女子高生はむくりと起き上がる。首にはちゃんと大事な水色の宝石のネックレスがついていた。自分が拘束されていない状況を確認すると、少し安堵の表情を見せた。

 茶髪の男は優しげな瞳で少女を見つめる。知らない場所にいるはずなのにやけに落ち着いているように見えた。


「初めての場所なのにあんまり動揺してないね。はじめまして、ボクはプロキオン。よろしくねー」

「な、慣れているので……」


 女子高生はイマイチ理解が出来ず、ただ呆然としていた。すると今度は白髪の男が無表情で言った。


「まずは状況を説明してあげないとでしょ、プロキオン。えっと君の名前は……」

「──春野はるの梅香うめか。高二だとよ」


 梅香よりも先に灰色の髪の男が言う。それもぴたりと当たっている。梅香は思わずわなわなと体を震わしながら、小さな声を絞り出した。


「な、なんで名前……知ってるんですか」


 灰色の髪の男は梅香のそばに梅香の生徒手帳を投げ、ぶっきらぼうに説明を始めた。


「悪いがお前が寝てる間に所持品を漁らせてもらった。住所がどっかに書いてあったら送りけてやったんだが、生憎見つからなくてな」


 梅香はおもむろに生徒手帳を開き、指でバシバシと叩きながら灰色の髪の男に見せた。


「何言ってるんですか! ここに書いてあるじゃないですか、ほら、こ・こ・に! ……ってなんであたし自分で教えちゃってるの!?」


 色白の顔を赤らめながら恥ずかしがる梅香。そのあまりのドジっぷりにプロキオンは思わず吹き出した。


「はははっ、梅香ちゃんって面白いねー」

「アホらし」

「そんなこと言ってやるなよ、ベテ。梅香ちゃんが可哀想だろう」


 そっぽを向く灰色の髪の男を横目に、白髪の男が梅香に淡々と自己紹介を始めた。


「僕はシリウス。そっちの灰色の髪のやつはベテルギウス」

「おい、勝手に他人ひとの名前教えるな!」

「勝手に他人ひとの私物を漁った人がよく言うよ。……んで、まあ僕らはいわゆる『裏組織』に所属しているんだ。といっても君に危害をくわえるつもりはないから、そこは安心して」


 裏組織。その言葉に梅香は不安を抱く。それを悟ったのか、ベテルギウスが梅香に言った。


「なんでお前をここに連れてきたかって話だ。オレたちは『キラー』という存在を捕まえるために結成された。そのキラーとの戦いの最中、お前と接触したな。基本、やつは一般市民には危害をくわえない。にも関わらずお前にを向けた。この意味がわかるか?」


 梅香は小さく首を横に振った。ベテルギウスは神妙な顔つきで言った。


「お前……キラーの顔を見たか?」


 キラーの顔……。梅香はしばらく考えこむと、ハッと顔をあげた。


「あ、あの時……」


 瞬間、三人の顔つきが変わった。そしてベテルギウスは静かに口を開く。


「どんな顔だ。詳しく教えろ」


 梅香は凄まれてたじろぎつつも、思い出そうと眉間にしわを寄せて唸った。


「うーん、一瞬だったからなぁ……」


 三人は肩を落とす。

 キラーを捕まえるためには何かしらの手がかりが必要だ。名前、年齢、住処。何一つ情報がない状態で捕まえるのは至難の技。顔がわかればキラーの逮捕にぐっと近づくのだが……。どうやらキラーを捕まえるのにはまだまだ時間がかかりそうだ。

 するとどこからか渋い男の声が梅香の耳朶じだに響いた。


『お前たち、いろいろ状況は説明できただろう。そろそろその子を帰してやったらどうだ』


 三人の背筋がピンと伸びる。シリウスはどこにいるかわからない男に聞こえるように、少し声を張り上げて言った。


「シンギュラー、彼女をこのまま帰してしまって良いのですか? 手がかりが掴めるかもしれないのですよ」

『キラーが攻撃してきたと言うことは、キラーは顔を見られていると思っている可能性が高い。これからもきっと命を狙われるだろう』


 梅香は思わず目を丸くした。自分がそんな大事おおごとに巻き込まれたのだと、ようやく理解したのだ。シンギュラーは続ける。


『そこで、これ以上被害を出さないためにも彼女に護衛をつけようと思う。ベテルギウス、お前が守ってやれ』

「はあ!? なんでオレなんすか!」


 驚きの声をあげるベテルギウス。すかさずシリウスが口を挟む。


「君が上手く立ち回っていたらこうはならなかっただろうからね」

「だからってオレじゃなくてもいいだろ」

「へぇ、シンギュラーの命令に逆らうの?」


 シリウスから向けられる視線に根負けする形でベテルギウスが舌を鳴らす。


「ちっ……わかったよ、やりゃあいいんだろ」


 ベテルギウスはぶっきらぼうに言うと、ドカッと椅子に座った。


『そういうことだ。これから登下校はなるべくその子についていくように』


 ベテルギウスは頬杖をついて、へぇへぇと言った。プロキオンは呆れたように笑いながら梅香に近づいた。


「ベテルギウスがあの感じだから、今夜はボクがおくるよ」

「あ、ありがとうございます……」


 梅香はベテルギウスをちらりと見ながら立ち上がり、プロキオンとともに家に帰った。

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