2本目 さいかい②
数日後、何とか新入生春課題テストを乗り越え、平穏な日々がスタートし始めようとしていた。今日は午後から新入生のレクリエーションがあるらしい。が。
「…なんで高校生のレクがドッジボールなんだよ。」
「何か不満?」
勇太が俺の顔を覗き込む。
「小学生かよ。」
「えぇー。クラス対抗だよ?絶対楽しいよ!俺、凄い楽しみだもん。」
「絶対楽しくない。」
まさか、勇太が呟いた。そして、
「もしかして、陸久、ドッジ苦手なんだ〜へぇ〜。」
ニヤニヤしながらこっちを見てきた。
「んな訳あるか。ニヤニヤすんな気持ち悪い。」
「ひどっ!」
「早く体育館行くぞ。グダグダしてたら置いてくからな。」
勇太が慌ててついてくる。俺は、
「クソだりぃな…あぁー家帰りたい…。」
と体育館に行く途中で呟き、ため息をついたのだった。
バシッ。バンッ。体育館にボールの音が響く。思っていたより、ドッジボールは白熱していた。俺も段々慣れてきて、正直、少し楽しい。暫くして、俺のところ飛んできたボールを避けようとして右へ動いたらクラスメイトとぶつかってしまった。
「痛っ。」
ぶつかった拍子に俺はその場に倒れ込んでしまった。どうやら足を捻ったらしい。一時停止の笛が鳴り、先生が駆け寄って来た。
「大丈夫か?立てるか?」
「大丈夫です。立てます。…っ。」
「一応、誰かについてもらって保健室行くか。…っとじゃあ、委員長ついてやってくれ。」
「はい。」
出てきたのはセミロングの黒髪をポニーテールにした女子生徒だった。確か、入試を一位で通過し、入学式で新入生代表の言葉を言っていた…はずだ。
「こっちに来て。」
俺は、女子生徒について保健室へ向かった。
「…保健室の先生、いないみたいだな。」
保健室はがらんとしていて、人の気配はなかった。
「しょうがないから、体育館に戻るか。」
俺が保健室から出ようとすると、女子生徒が言った。
「足見せて。私がテーピングしてあげるから。」
この人、テーピング出来そうな感じじゃないけど…。俺は半分疑いながら、その女子生徒の言う通りに椅子に座って足を見せた。
「大丈夫。少し捻っただけみたい。」
と言いながら慣れた手つきでテープを巻いていく。
「…手際いいな。」
「ふふっ、ありがとう。」
女子生徒はお礼を言って俺の方を見た。その時、少し、胸の奥がざわついた。…会ったことある?いや、そんな事ない。この人と会ったのは入学式が初めてだ。じゃあ、芸能人と似ているとか?でも、いくら考えても同じような顔の芸能人は思いつかない。まあ、芸能界に居そうなくらい美人ではある…と思う。悶々と考えていると、
「終わったよ。これでまぁ氷で冷やしとけば大丈夫でしょ!」
いつの間にかテープは綺麗に巻かれていた。
「ありがとう。えっと…」
「若菜。若菜雅。君のクラスの委員長だよ。はい、氷嚢!」
彼女から強引に押し付けられたような形で受け取った氷嚢で足首を冷やし始める。冷たい。
「わかな、みやび…」
どっかで聞いたことある名前だ。とは言ってもやはり思い出せないのだが。
「どうしたの?青羽君、青羽陸久君?」
…驚いた。
「俺の名前、もう覚えていたのか。」
「当たり前だよ。クラス委員だし。それに、」
有名人だったじゃん。若菜はそう言って笑った。
「…有名人?」
「そうだよ。森野塚中学校、通称森中の青羽君?」
「…なんで俺の出身中学まで知ってるんだ?」
「私今、この学校の陸上競技部のマネージャーなんだよね。とは言ってもまだ仮入部だけど。」
ドクン、と心臓が鳴った。陸上競技。でも、マネージャーだからってそこまで知ってるか?なんで、と聞くより前に俺は思い出した。
「お前、花丘女子中の若菜雅か!?」
そうだよ。彼女は微笑みながら答えた。花女の若菜雅と言ったら陸上競技をやっている俺らの代のほとんどの中学生が知っていたはずだ。中学1年から2年連続で全国大会の標準記録記録を突破、そして全国大会では3年生に混じって1年時に6位、2年時に3位という記録を残している。しかも花形種目とも言える100m走で。髪の毛が伸びていたから気づかなかったのか。
「若菜の方が有名人じゃないか。」
「はは、まぁね〜。というか、同じクラスになってから数日経ってんのに名前覚えるの遅くない?」
やれやれ、と彼女は大袈裟に呆れ顔をする。その顔を見て、抱いていた疑問をふと思い出した。
「そういえば、中3の時何やってたんだ?」
あれだけ有名だった若菜の名前を中学3年生になってから全く聞かなくなった。いや、正確に言えば全く聞かなかった訳では無い。この大会もいない。あの大会も出ていないようだ、と選手や大人達が不思議そうに呟いているのを耳にした事がある。気にはなったが、話したこともなかった為に聞くに聞けなかった。でもこういう時陸上、いやスポーツから離れる理由は大体決まっているのだが。
「私、怪我したんだー。」
はは、と彼女は照れくさそうに笑った。
「だろうな。」
「あ、気づいてたんだ。」
「まあ何となく。」
「じゃあなんで聞いたのよ〜。」
「ちょっと気になってたし、確認みたいなものかな。」
一度怪我して陸上が嫌になったけどまだ好きだからせめてマネージャーとして関わりたいとか思ったのだろう。選手生命を絶たれたのは可哀想だがこればかりは仕方がない。
「テーピング、ありがとう。あと氷も。マネージャー頑張れよ。」
俺は椅子から立ち上がり体育館へ戻ろうとした、と同時に強く右腕を引っ張られた。
「ちょっと待って!」
バランスを崩した。身体が宙に浮いている。…彼女と目が合った。
「君も一緒に頑張るんだよ!」
「え?あいてっ!」
「一緒にやろう、陸上競技。」
そう言って彼女は尻もちをついた俺の前に手を差し伸べた。
…なんで俺はこんなところにいるのだろう。目の前には意外と本格的な直線のタータン4レーンと土のグラウンド。時刻は16時。
「俺が何度誘っても陸部入らないって言ってたのに若菜さんに誘われたら入るって…お前、まさか意外と…?」
「俺はまだ入部してねぇ、グラウンドの前に立ってるだけだ!つか勇太、意外となんだよ。」
「…意外と、面食い?」黒髪少女が急に目の前に現れた。
「自分で言ってんなよ。」
「だって事実だし。」
「若菜さんってそういうキャラなんだ!新入生代表の挨拶の時はしおらしい感じだったのに!でも俺、今の感じも好きだよ!」
「ありがとう、河野くん。しおらしいのは名前だけなんでよろしく。あ、呼び捨てでいいよ!」
「呼び捨ては難易度高いわ〜!」
勇太は元々フレンドリーな奴だし、若菜も中学時代の近寄りがたさは何処へやら、案外ノリのいいタイプだったらしい。すごく会話が弾んでいる。…正直、羨ましい。俺は自分から話し掛けるようなタイプじゃないから。でも、この二人のおかげで高校生活をぼっちで過ごすなんてことは無さそうだ。まぁ、この二人のせいでこんな状況になってるんだけど。
「あ、集合だって!」
若菜がグラウンドの方を指さした。ぱらぱらと人が集まっている。1、2、3…本当に部員少ないんだな、ここ。中学の時は3学年で70人超えてたからな、余計に…。
「青羽くん、行かないの?」
「陸久〜行かないの?」
2人が同時に俺の方を見る。
「俺は入部するつもりないからな、ついて来るだけありがたいと思え。」
ええ〜、と小さく声が聞こえる。あーあー、聞こえなーい。俺は知らん。
「じゃあ俺たち行ってくるから、絶対帰んなよ!」
「はいはい」
「絶対だかんな!」
そう言い残して勇太と若菜はグラウンドの方へ走っていった。適当なところで帰ろう。どうせ練習してたら俺の事気にする余裕もなくなるだろ。
「よっ…と。」
近くの木陰に腰を下ろした。まだ桜は散りきっていなくて、風が吹く度舞い落ちてくる。
「咲いていられる時間って、意外と短いよな。」
見上げると青葉が芽吹き始めていた。
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